「彼女はいないけど、好きな人はいるから。ごめんね」
放課後の、誰もいない教室。絶好の告白の場所。そんな場所に忘れ物をしてしまったが故に、うっかり盗み聞きをしてしまう事になった私は、出来るだけ物音を立てずに近くに身を潜めるしかなかった。
告白をしている女子は、学年でも上位クラスの美人と言われている女の子だ。あんな可愛い子を振っちゃうような程好きな子がいるなんて。そう思いながら、私は告白されていた宇佐美に驚きを隠せなかった。
噂には聞いていたけれど、宇佐美ってあれで結構モテるんだなと実感する。彼とは入学してすぐ隣の席になって仲良くなり、学年が上がっても同じクラスだった事もあり割と親しくしている方だ、と思う。帰る方向も同じな為、一緒に帰ったり寄り道する事もあったが、そういえば宇佐美と恋バナをした事はなかったかもしれない。
そんな事を考えていると、教室の扉が開いて女の子が走り去っていった。私がいた事は、多分気付かれていない。心の中で、ごめんね聞いちゃってとこっそりと謝った。
「ねえ、盗み聞き? ちょっと趣味が悪いんじゃない?」
「わあっ!」
「何してんのさ、そんなところで」
声のする方へ振り向いてみれば、宇佐美が眉を顰めて立っていた。
「あ、あはは。忘れ物しちゃって」
「ふーん。で、コソコソと人の話立ち聞きしてたってわけ」
「そういう訳じゃないんだよ? 邪魔しちゃ悪いと思って。変に動いて物音立てるのもなあって」
「まったく」
呆れたような顔をして宇佐美は教室に戻り、自身の鞄を手に取ると私の方へ振り返る。
「ほら、忘れ物早く取りなよ」
「あ、うん。宇佐美もう帰るの?」
「用事は終わったしね」
「そっか」
机の中を覗き込み、今日の課題に必要だった教科書を鞄にしまい込む。これで先生に怒られずに済むと胸を撫で下ろし出口の方へ体を向けると、てっきり先程帰ったと思った宇佐美がそこに立っていた。私のことを待ってくれていたのだろうか。
「何してんの」
「いや、待っててくれたのかなって」
「どうせ帰り道一緒だから話し相手いた方がいいでしょ」
「なるほど?」
ほら早く、と宇佐美に促されながら足早に下足箱へと向かう。話し相手が、なんて言っていた割に宇佐美は無言で歩いていた。校舎を出たところで、たまらず私の方が口を開く。
「宇佐美って、好きな子とかいたんだ」
「なんだ、やっぱり聞こえてたの」
「うっ……うん、まあ、ちょっとは」
「そんで、聞いちゃうんだそれ」
「いやだってまあ、気になるじゃん?」
「……気になるんだ?」
「そりゃまあ? だってあんなに可愛い子に告白されても靡かないなんて、どんな子好きなんだろって思うじゃん?」
「ふーん」
「え、誰なの? 同じクラスの子?」
「さあね」
「いいじゃん、私達の仲でしょ。誰にも言わないから」
「……」
「ねえってばー」
「教えない」
「ちぇっ」
少しムッとしたような顔をした宇佐美は、私を一瞥した後少し足を早めて進んでいった。流石にしつこかっただろうか。
「そういうお前はどうなの」
「えっ?」
「好きな奴、いんの」
「……うーん、私そういうの疎いというか、よくわかんないからなー」
「あっそ」
素っ気なく宇佐美はそう言って、先程までへの字に曲げていた口をほんの少しだけ緩めた。だけど眉は顰めたままだ。どういう感情なのだろう。
「まあ、お前ガキっぽいしね。初恋もまだだったりして」
「う、うるさいなあ」
「うわ、図星?」
「えーえーどうせ初恋もまだなお子ちゃまですよー」
揶揄われたのが恥ずかしくて悔しくて、ベッと舌を出して言う。ふんっと宇佐美は鼻で笑いながら、意地悪な笑顔を浮かべた。
「そんなお子ちゃまには恋バナなんて百年早い」
「えー」
「……いつかお前にも好きな奴が出来たら、その時教えてやるよ」
「お、言ったなー?」
「まあ、何年先になるかねぇ〜」
「なんだと!? わかんないよー明日かも知れないじゃん」
「そんなすぐ?」
「だってほら、恋に落ちるのはある日突然って言うじゃん。そういうの、あるかも知れないじゃん」
「……ふーん」
そう言った後、何かを考えるように宇佐美は黙り込んだ。何を考えているやらと思っている内に、それぞれの家への分かれ道に差し掛かる。
「じゃ、また明日学校でね」
「ああ、うん」
珍しくぼーっとしてる宇佐美が少し気になりつつも、バイバイと手を振り家の方角へと向かう。不意に腕が掴まれ振り返ると、別れたばかりの宇佐美がそこに立っていた。
「宇佐美? どうした?」
「僕の好きな奴の話」
「うん? あ、宇佐美に好きな子がいるなんて誰にも言わないから安心して」
「そうじゃなくて」
「ん?」
宇佐美が何を言いたいのかわからず首を傾げていると、掴まれた腕がグイッと引っ張られる。バランスを崩した私はそのまま宇佐美の方へ倒れ込み、そんな私を宇佐美はギュッと包み込んだ。
「早く教えてあげたいから、早くお前も恋に落ちてよ」
「へっ……えと、……えっ?」
「……ほんとお子ちゃま。わかんないならいいよ。じゃね」
呆れたような顔をした宇佐美が私の事を解放して颯爽と去っていく。残された私は突き破りそうな程に動く心臓に手を当てながらも、本当に明日には彼が秘めた恋の相手の話を聞く事になるかも知れない、とぼんやり考えていた。
初出 2022.11.26
金カムメンツの中でも宇佐美に対して夢思考薄めなんですが(彼の中で鶴見さんが最強の存在すぎて)、書き始めるとびっくりするくらい書きやすいです。