傘を持っていない私は、/深海マーメイド

傘を持っていない私は、

Without an umbrella, I…

先生に質問に行くことにした

 先生に潔く質問してみることにした。教科書たちを抱えて、職員室へと向かう。

「失礼しまーす」
「おう、ミョウジか。どうした、質問か?」
「月島先生。そうなんです、ちょっと試験範囲でわからない部分があって……数学なんですけど」

 職員室へ入るとすぐに声をかけてくれたのは体育教師の月島先生だった。一番扉に近い席に座ったまま先生は、キョロキョロと職員室内を見渡した。

「あー……今数学担当の先生たちは離席中か他の生徒に質問されているな……」
「そ、うですか……」

 確かに少し離れたところで三年の先輩たちが質問をしている先生以外に、数学の先生たちの姿は見当たらない。仕方がない、もう少し頑張って後で出直そうかと俯くと、月島先生が私を呼び止めた。

「どこがわからないんだ? 俺でよければ見よう」
「え……でも、先生、数学ですよ?」
「なんだ? 体育教師の俺には数学はわからないだろうと?」
「あ、いえ、そういう意味じゃ……」

 担当外の教科なのに質問してもいいのだろうかと躊躇っただけなのに、心外だとばかりの声が先生から発せられる。慌てて弁解すると、月島先生は「ははっ、冗談だ。こう見えても学生時代、数学は得意だったからな。どれ、どの問題だ?」と笑いながら手招きした。もう一度小さく失礼しますと呟いて教科書を開き、この問題なんですけど……と指差した。

「……あー、これか。そうだな、こっちの問題は理解出来ているか?」
「あ、いえ、そこもあんまりよくわかってなくて……」
「なるほどな。これはこの問題の応用みたいなものだから、まずこっちからやっつける必要がある」
「そうなんですね」
「つまりここはこの公式を使って……」

 驚いたことに、月島先生の数学講座は非常にわかりやすかった。元々、体育の授業でも球技などを教える時にどうすると上達しやすいか教えるのが上手な先生だと思っていたが、数学でもそうだというのは意外だった。学生時代得意だったというのは本当らしい。
 ついでにここも、後ここも……と結局数学の先生たちが戻ってきても私は月島先生に質問を続け、気が付けば三十分ほど経っていた。

「わ! たくさん聞いてすみませんでした。先生の教え方わかりやすくて、つい……」
「気にするな。どうせ俺に試験のことで質問してくるような奴滅多にいないからな。久しぶりに数学の問題を解いて楽しかったよ」
「それならいいんですけど……ありがとうございました」
「ミョウジはまだ勉強するのか? 雨も降ってるし、あんまり遅くならないようにな」

 その言葉に窓の外を見る。雨は、まだ止む気配測った。

「あー……まだ降ってるんですね」
「もしかして傘がないのか?」
「はい、朝天気予報見たら雨は降らないだろうって言ってたので……」
「そうか……ちょっと待ってろ」

 月島先生はそう言ってその場を離れたかと思えば、折り畳み傘を持って現れた。

「えっ」
「俺はまだ仕事が残っているし、その頃には止むだろう。これ使って、風邪引かないようにしろよ」
「いや、でも」
「ほら、他の生徒や先生に見られたら特別扱いとか言われかねないからな。さっさとそれ差して帰れ」
「……はい、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げ職員室を後にする。自習室に戻って時計を確認してから、私は急いで荷物をまとめた。先生に借りた折り畳み傘を差して、ダッシュで家へと向かう。
 この学校は、とにかく家から近いという理由だけで選んだ。もちろん偏差値も気にはしたけれど、私の学力にちょうど良い徒歩圏内というのが一番の理由。
 だから、ダッシュで往復すればおそらく三十分もしないで学校に戻って来れるだろう。
 雨の中滑らないように気をつけながら出来る限り急ぎ足で家へと帰り、そしてまだ降り止まぬ雨の中、私は自分の傘を掴んでそのまま学校へと引き返した。

 校門を抜けて普段使っている下足箱ではなく職員の出入り口の方へ回ると、ちょうど月島先生の姿が見え慌てて手を振った。急いで走ってきたせいで、声が上手く出ない。

「せっ、せん、せっ!」
「ミョウジ? どうした、まだ残ってたのか?」
「い、一回、家、かえっ、て、きました」
「なんだ、忘れ物か?」
「こ、これっ、ありがと、ございましたっ!」

 まだ濡れたままの折り畳み傘を先生に差し出す。月島先生は「このために戻ってきたのか?」と目を丸くしていた。

「なんか前、先生折り畳みはいつも持ち歩くけどよっぽどの時じゃないと普通の傘使わないって、言ってた気がして」
「あー、そうだったか?」
「まだ雨、止みそうになかったし、私のせいで濡れて帰すのやだなと思って」
「別によかったんだが」
「私、家が近くて往復しても大した距離じゃないので……数学の件も傘の件も、ありがとうございました」

 ようやく整ってきた息で先生にお礼を伝え、頭を下げて再び家路へと向かおうとする。そんな私に、先生は「ちょっと待て」と言って、近くに設置されていた自販機でスポーツドリンクのミニボトルを買って渡してくれた。

「近いと言っても、それなりの距離走ってきたんだろう。水分取れ」
「や、でも」
「気にするな。わざわざ引き返してくれたお礼だ」
「……かえって、すみません」
「週末も勉強頑張れよ、ちなみに俺は英語も得意だからいつでも聞いてこい」
「ふふ、わかりました。ありがとうございます」
「じゃあな」

 先ほど返した折り畳み傘を差しながら、先生は手を振った。あんなに急いだけれど、雨は少しずつ弱まってきている。もしかしたら、後数分もすれば止んで傘は必要なくなるかもしれない。
 それでも先生とのやり取りが嬉しくって、頑張って走ってよかったなと買ってもらったスポーツドリンクに口をつけた。あっという間に空っぽになるボトルとは裏腹に、私の心はほんのりと甘い気持ちで満たされていった。
 
 

――月島END――

ひとこと

月島先生がいたら毎回質問しに行っちゃうと思います。先生の月島にめちゃくちゃ夢みてるけど生徒には絶対手を出さないで欲しい気持ちもあります。


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