傘を持っていない私は、/深海マーメイド

傘を持っていない私は、

Without an umbrella, I…

諦めて帰ることにした

 なんだか初っ端から躓いてしまったし、やる気が削がれてしまった。雨も降り出してしまったし、ひどくなる前に帰ってしまおうと荷物をまとめて席を立った。小さくため息を吐きながら、下足箱へと向かっていく。すると、遠目でもすぐに誰だかわかる大きな人影が見えて、私は思わず声をかけた。

「房太郎くん!」
「おー、ナマエじゃないか。今帰りか?」
「うん。自習室で勉強しようかと思ってたんだけど、雨降り出しちゃったしやめて帰ろうかなって」
「ははっ、そうだったのか」

 私は平均的な身長であると思っているけれど、彼の隣に並ぶと自分がチビになったんじゃないかと錯覚する。身長も高く手足も長い同級生の房太郎くん――大沢くんと呼んでいたけれど、彼が皆に下の名前で呼んでくれと言うのでうちのクラスでは男女とも彼をこう呼ぶ――は髪も長く、校則が緩い方だとは言え流石にそれはどうにかしないかとよく先生から言われていた。

「房太郎くんは何してたの? 友達とおしゃべりとか?」
「いや、職員室に呼び出しくらってた」
「また髪の毛のこと?」
「違う違う。この間進路希望調査票を提出しただろ? あれの件」
「あー、そういえば出したねぇ。そんな呼び出されるようなこと書いたの? なんて書いたの?」
 
 先週提出した調査票のことを思い出す。二年生になったばかりだというのに、もう卒業後の進路のことを考えなければならないのかと頭を悩ませたものだ。結局無難に大学進学(学科については悩み中)とだけ書いて気になっていた大学や学部を書いて提出したけれど、房太郎くんはなんと書いたのだろう。
 
「ん? 王様になる、って書いた」
「お、王様?」
「そう。王様」

 あまりにも唐突すぎるその言葉に私はぽかんとしてしまった。ふざけて社長と書いて先生に怒られたクラスメイトもいたが、王様はそれを上回っている気がする。

「えーっと……それは、どういう……?」
「言っとくけど、ふざけて書いたわけじゃないんだぜ? 昔からの夢だったんだ」
「そ、そっか……」

 彼の表情を見れば至って真剣そのもので、冗談で書いたわけではないのだろう。だけど、いかんせん突飛すぎるのだ。

「まあ、今の時代で王様は無理だろうな。だけど、人の下について働くのは性に合ってない気がするから、自分で起業したりフリーで何かをしたりするのが合ってるんだろうって話を今してきたところだ」
「うーん、なるほど」

 確かに彼は、リーダーシップがあるというか、人の誘導する力があるように思う。人のこともよく観察しているというか、わずかな変化にすぐ気付いて、それがまた彼が人を惹きつける魅力の一つなのかもしれない。

「房太郎くんは、人の上に立つのが合ってるのかもね。もしかしたら」
「ははっ、じゃあ社長とでも書き換えて提出しなおすかな」
「んー、でもそれで怒られてた人いたから多分それもダメだと思う。もっと具体的に書かないといけないんじゃない?」
「そうかあ」
「せめて何系のどんな会社、とか? でもいきなり社長は無理だろうからどうやって経験を積むかとかそのためにどんな学校に行くかとか……?」

 自分で何かを、なんて思ったこともなかった私は頭を捻らせながら考える。その様子を見て、房太郎くんは笑った。

「俺より真剣に考えてくれてるじゃないか」
「え? あはは、なんか考えてたら楽しくて」
「その時はナマエに社長補佐とか秘書とかやってもらおうかな」
「えぇ? 私向いてないと思うよー」
「もしくは、俺の第一妃となってもらって支えてもらうか」
「……妃?」
「王には妃が必要だろ?」

 また飛び出してきたとんでもない発言に、私は固まってしまった。妃って、それはつまり、お嫁さんということ?

「な、ど、えっ?」
「ははは、本当にナマエは面白いな」
「あ、か、からかったね⁉︎」

 豪快に笑いながら廊下を歩いていく房太郎くんを追いかけながら私は顔に集まった熱を落ち着かせようとする。
 
「それにしても、第一ってことは第二第三がいるわけ?」
「さあな?」

 他の子たちにもこんな風に言ってるのだろうか、と思うと面白くない気持ちになり自然と唇を尖らせてしまう。いや、別にそもそも私と房太郎くんはそういう間柄ではないのだけど。でも、ほんのちょっぴり、意識してしまう異性のクラスメイトだから。
 そんな私に房太郎くんは顔を覗き込んで、「誰にでも言ってるわけじゃないぞ」と言った。心を読まれているのかとドキリとする。

「え……」
「ナマエと一緒になら、なんでも出来そうだし楽しそうだと思ってる」
「……ふ、ふーん」
「さて。雨も止んだしそろそろ帰るか」
「えっ? あ、本当だ」

 先ほどまで降っていた雨は、気がつけば止んでいた。房太郎くんとのお喋りで夢中でちっとも気が付かなかった。
 そのまま下足箱へと向かい、二人で校門を抜ける。帰る方向は逆のはずなのに、房太郎くんは私と同じ方向へと進みながら「こういうのなら楽しそうだと思わないか?」となおもキラキラした目で夢を語り続けている。そんな彼の横顔を眺めながら、第一妃、悪くないかもななんて思う私はきっとどうかしている。だけど。雄弁に語る彼の姿を、一番間近で応援出来る存在になりたいと思うのもまた事実なのだ。
 そういう存在になれるよう、私も勉強を頑張ろう。そしていろんな事を知って、彼を応援していきたい。そう思いながら私は、まずは週末も試験勉強集中してやらなくちゃと意気込んで家へと帰ったのだった。
 
 

――房太郎END――

ひとこと

初書き房太郎でした。気になるし好きなのだけど、書くとなると難しいキャラでした…


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