届きそうで届かない
届きそうで届かない何かがあった。伸ばした手の指先だけ掠める本棚一番上の小説。指先からすり抜けて木へと引っかかってしまった風船の紐。あと少しのはずなのにどうしようもない、そんな何かがあった。
それが悔しくてもどかしくて、少し寂しい。
赤く熟した実から、小さな黒をフォークで一つずつ取り除いていく。目の前にいた恋人はそんな私を笑った。
「ちまちまと丁寧に取るなぁ。そのまま食べて後で出したらいい」
そう言って四角くカットされたスイカをフォークでさし、彼はひょいと自分の口へと運んだ。皿へ顔を近づけ種を吐き出す。
「間違えて飲んじゃったら、嫌なんです」
「ははっ、子どもみたいで可愛らしいねぇ」
そう笑う彼を見て、私は言葉を間違えたなと後悔した。本当は、種を吐き出す姿を見られるのが抵抗あったのだ。お上品に食べているところしか見せたくないという、乙女心だった。これはこれで、笑われるかもしれないけど。
「菊田さんは、またそうやって私を子ども扱いする」
「ん? いやぁそういうわけじゃないけどな」
ようやく種のなくなったスイカを一口頬張ると、シャクとした食感の後にガリッと口の中で音がした。目に見えないところに潜んでいた種を思い切り噛んでしまったらしい。
眉をひそめながらそっとティッシュを取りその中に種を吐き出す。彼はそんな私をまた笑った。
「俺は気にしないから、好きなように食べろ」
「はい」
「……来年一緒に食べる頃には、気にせず俺のように食べてるといいんだがなぁ」
私のことをまっすぐと見たまま、彼はそんなことを口にする。
この人の中には、来年の夏もちゃんと隣に私がいる未来があるんだ。それだけの事で、私の体温が僅かに上昇していくように感じる。その熱を落ち着かせるためにまた一つ冷えた赤い実を口に運ぶ。
「まあさっきみたいな所作も好きだけどな。俺の前でくらい飾らないでいてくれていいんだぞ」
自分だって格好つけたがりのくせに。そう思いながらも、私の考えも見透かされたような言葉に私の顔は目の前の実に負けないほど色がついていく。
「……こっちも、美味そうだな」
そうニヤリと笑って彼の指が私の頬を撫でる。何も言えなくなった私は、胸に走る甘い痛みを噛み締めていた。
届きそうで届かない何かがあった。伸ばした手の指先だけ掠める本棚一番上の小説。指先からすり抜けて木へと引っかかってしまった風船の紐。あと少しのはずなのに、どんなに背伸びしても年の離れた大人の彼には届かない。それが私はいつも、悔しくて少し寂しかった。
だけどそれは、彼が私のありのままを愛そうと身の丈を合わせてくれていたのに、私だけが背伸びしていたからだと、本当は知っていた。
初出・2023/07/28