二十四日目「目が合う・涙・映す」

 厚い扉をくぐればそこは別世界のようだ、と私は思った。この扉から外へ出れば、近くには国道が走っているし、人々はたくさん行き交っているし、近くにはスーパーマーケットもある。人々の日常がそこにはある。だけど、この中にはそれを感じさせない非日常さがあった。
 
 曇りの予報が外れて、元気一杯に顔を出していた太陽の光が、ステンドグラスにキラキラと反射する。しんと静まり返ったこの空間で、コツコツと私の足音はいやに響く。最低限にしか人がいないから、余計になのかもしれない。
 長いスカートの中に隠された足元が気になるけれど、決して下を俯かずに前を見て、時折裾を踏まないように蹴り上げるようにして歩いていく。もう後一歩、二歩、三歩……転ばぬようにと顔をこわばらせて歩くと、緊張のためか同じくらいに顔をこわばらせた基さんが少し前に立っている。
「なんて顔してるんだ。せっかくのドレス姿が台無しだぞ」
「ねえ、それは私のセリフでもあるんだけど」
 小さな声で笑い合って、二人でバージンロードの始まりの位置に並ぶ。私たちと神父さん、それからオルガンの演奏者に介添の人たちが何名か。他には誰一人いない教会の中で、私と基さんは腕を組んだ。
「本当によかったのか、俺たちだけで」
「うん、いいの」
 そう言い終わると同時に、オルガンの演奏が始まる。ゆっくりとした音楽に合わせて、二人で一歩、また一歩とバージンロードを歩いていく。ドレスに合わせて高いヒールを履いているためほんの少しだけ基さんを越してしまった身長で、彼の顔がいつもとは違う位置にあるのがなんだかおかしな気分だった。
 基さんは私が転ばないかずっと気にしていたようだけれど、躓くこともなく私たちは神父さんの待つ場所へと辿り着く。お辞儀をし、打ち合わせであった通りに式は進んでいった。
 
「新郎、基さん。あなたは新婦ナマエさんを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も——」
 どこかで聞いた事のあるこの誓いの言葉を、自分自身がこの場に立って聞く日が来るなんて思わなかった。どこか夢のような気持ちのまま、基さんが誓いの言葉に返事するのを聞き、ついで私に告げられた誓いの言葉に、私もはいと返事をした。
 バージンロードを歩く時も、神父さんからの声を聞く時もずっと前を向いていた。だから、誓いのキスをするために向き合って目が合って、やっと基さんがどんな表情をしていたのかを見て。私は思わず笑って、そして細めた目から涙が溢れた。
「顔くしゃくしゃにして、せっかくのメイクが台無しになるぞ」
「ねえだから、こっちのセリフなんだって」
 まるで互いが自身を映す鏡のように、私たちは同じような顔をして笑いながら泣いていた。神父さんがもう一度誓いのキスをと促して、慌てて鼻を啜りながら腰をかがめた。ウェディングベールを基さんの手が外し、私たちはもう一度目を合わせた後瞼を閉じた。
 何度も重ねてきた唇が、今までとは違う意味合いを持って重なる。それは涙で少ししょっぱくて、だけどとても幸せな味がする口付けだった。

ここまででアドベントカレンダーはおしまい、でした。次からは再録本に書き下ろしたクリスマス当日のお話を掲載しています。