ショコラショー

 ガチャリと玄関から音がして目が覚めた。気が付けばうたた寝をしていたらしい。寒いからとソファで毛布を被っていた結果、暖かくなった体が睡魔を誘い込んだらしい。
「おかえりなさい。ごめん、寝ちゃってた」
「気にするな。健診、どうだった?」
「特に問題なかったよ。順調に育ってるって。まだ性別はわからなかったけど」
「もうわかる頃なのか」
「早い人はね。男の子だとわかりやすいみたいだけど、この子は隠しちゃってよく見えなかったみたい」
 病院からもらってきたエコー写真を差し出すと、基さんはそれをまじまじと眺めた。
「すごいな、だいぶ人間の赤ちゃんって感じがしてきた」
「ちょっと前までどこに何があるかわかんない感じだったのにね」
「つわりの方は平気か」
「うん。日によってちょーっとだけきつい時もあるけど、それも減ってきたから」
 比較的軽い方ではあると思うけれど、それでも緩く長く続いてきたつわりはようやく落ち着きを見せていた。匂いに吐き気を誘われることもなく、偏ったものだけを食べたいという感覚も薄れている。時期的に安定期はまだだけれど、かなり心身の負担は減ったような気がする。
「体調が落ち着いてきているなら、今年もそろそろ時期になるけど行くか?」
「ん?」
「クリスマスマーケット」
 ネクタイを外しながら基さんは尋ねてきた。もうそんな時期だったとカレンダーを見て思う。クリスマスの大好きな私は、ほとんど毎年クリスマスマーケットの雰囲気を味わいに足を運んでいる。
「行きたいなぁ。でも、うーん」
「うん?」
「大丈夫だろうの気持ち半分、寒い中の人混み平気かなの気持ち半分、ってところ」
「そうか。まあ少しでも懸念しているところがあるならやめておこう」
「うーん、でもクリスマス雑貨見たいし、この時期ならではのもの食べたり飲んだりしたい! ホットワイン!」
「ワインはどちらにしても無理だろう」
「ふふ、そうでした」
 スーツから見慣れたスウェット姿に着替え終わった基さんは、冷蔵庫を開けてビールを取り出そうとし、少し考えた後それをもう一度冷蔵庫へと戻した。職場の人とご飯を食べて帰ってくると聞いていたから、もしかしたら飲んできたんだろうか。基さんは、外で飲んできた日は家ではほとんど飲まない。だけど、お酒の匂いはさせてなかったしなぁと考えていると、「このチョコレート使ってもいいか」と言われた。
「冷蔵庫の板チョコ? うん、食べてもいいよ」
 ん? 待てよ、今使って言った?
 その言葉の意味を考えていると、彼は冷蔵庫から板チョコと牛乳を取り出してコンロへと向かった。キッチンに向かう彼の後ろ姿を眺めるのは嫌いじゃない。私が料理をしている時ふと視線を感じて振り向くと、こちらが恥ずかしくなるような幸せそうな目を彼がしている事がある。多分きっと、私も今同じような顔をしている事だろう。
 ふわりと甘い匂いが漂ってきて、ますます幸せ気分は高まる。ようやく彼が何をしているか気付いた私は、ソファから立ち上がってキッチンに行き、二人分のマグカップを並べた。
「いい匂い」
「だな。ほら、注ぐぞ。ナマエは座ってろ」
 元々優しい基さんだけど、妊娠がわかってからはもっとより優しく私を甘やかすようになった。多少の家事なら俺がするから座ってろとよく言われる。別にこれくらい、と思いつつも私も嬉しくてつい甘えてしまう。
「うーん、美味しそう」
 目の前にコトリと置かれたマグカップの中には、淡い茶色のショコラショーが入っていた。
「前にクリスマスマーケットで飲んだやつみたいにしたかったが、あれだとやりすぎだからな。これで我慢しろ」
「あぁ、あのマシュマロ乗ってたやつ? 美味しかったなぁ、あれ。でも確かに糖分摂りすぎになっちゃうかも」
 去年行った時に飲んだショコラショーを思い出しながら、私はマグカップを持ち上げた。まだ湯気が立っているそれにフーッと息を吹きかけ冷ましながら、ゆっくりと口に含む。それでもまだ熱くて、うっかり舌を火傷しそうになった。
「気分だけでも、クリスマスマーケットを味わってくれ」
 ごくりとショコラショーを飲み込む。身体の芯から温まるのを感じるのは、熱々のショコラショーのおかげか、それとも甘い彼のおかげなのだろうか。

そんなに回数行ったことはないのですが、クリスマスマーケットで飲むホットワインが美味しくて好きです。