暖炉

 ガサガサと後部座席に置いたビニル袋の音が聞こえる。雪の積もる山道を走るのは、やはり少し怖い。
 とはいえ音くんの運転は安心感がある。先ほどまで運転していた月島先輩には、やや劣るけれど。
「思ったより遅くなってしまった」
「お店までちょっと距離あるもんね」
「まさか飲み物を買い忘れるとはな」
「本当、四人もいて誰もそこに思い至らないなんて」
 音くんに月島先輩に、ナマエさんに私。四人で遊びに行くのはもう何度目になるかわからない。泊まりでのお出かけは、さすがに今回が初めてだけど。
 私は過去に三度ほど訪れたことのある鯉登家所有のコテージに、今日は四人で来ていた。明日は近くのスキー場へ行く予定だ。
 来る途中にあったスーパーで食材なども買ってきたはずなのに、お酒どころかお茶も何も買ってこなかったのに気付いたのは食事の支度を始めてからだった。
 私とナマエさんは残って準備をし、音くんと先輩で買い出しにと最初は思ったのだが、慣れない土地に女性二人残すのは心配だという男性陣二人の言い分に私たちは納得した。この辺の道をよくわかるのは音くんなので、先輩たちに調理器具の場所などを説明して私たちが買い出しへ行くことにした。
「……ねぇ、先輩たちどうなるかな」
「例のサプライズか?」
「そりゃ、ナマエさんが先輩のプロポーズ断るとは思わないんだけどさ。問題はサプライズ自体が成功するかだよね」
「月島はやる時はやる男だが、たまに抜けてるからな」
 先輩に対してその言い草、いくら仲良しだからって怒られないんだろうか。まあ、そんなことくらいで怒る月島先輩ではないんだろうけど。
「うまくいくといいなぁ」
「まあ私があれだけアドバイスしたんだ。うまくいくだろう」
 自信満々の音くんの横顔を眺める。この人はいつか、私にもそんなプロポーズをしてくれる気はあるんだろうか。内容はほとんど教えてくれなかったけど、もしいつの日かされるプロポーズが全く同じ内容だったらどうしよう。
「結局、サプライズプロポーズの内容ってさ……」
「ん?」
「……いや、やっぱいい。なんでもない」
 ゴニョゴニョと尻すぼみに話した私に、音くんはなんだと食い下がる。
「……んー……どんな風なプロポーズなのかな、って聞きたくなったけど、やっぱり知りたくないような、って」
「なんでだ」
「こう、なんか、それが音くんの考える一番のプロポーズで、いつか音くんも……とか」
 自分もされる前提で話しているようにも急かしているようにも聞こえそうで必死で言葉を選ぶけれど、結局最後はほとんど声にならない状態で口ごもった。音くんはそれっきり黙ってしまう。口を開けば開くほど、変なことを口走りそうで私も黙るしかなかった。静かな時間が流れる中、車はゆっくりと安全運転で走っていく。
 やっとコテージが見えた頃になって、音くんが口を開いた。
「わいん時にはもっとよかもんを考えちょく。じゃっで気にせず楽しみにしちょけ」
「え?」
 俯いていた顔を慌てて上げ音くんを見ると、真っ赤な顔をした彼が早口で捲し立てた。だいぶ彼の方言は聞き慣れた方だと思うけれど、こうも早口だと流石にわからない。トイレしたいと言っている気がしたけれど、もしかして我慢しているのだろうか。いや、この流れでそれ言う?
「うん、わかった。ほら、早く戻ろう」
「……本当にわかったんか?」
「ん? うん」
 未だブツブツと何かを言っている音くんが車を停めると、私はシートベルトを外した。降りようとする私の腕を音くんは引いて体が寄せられる。え、と思っていると目の前に整った音くんの顔があった。唇が重なり合う。
「あたいがといえすったぁ君しかおらんとじゃっで、まちっとだけ待っちょってくれよ」
「もう、何急に。ほら先輩たち待ってるよ。音くんもトイレ行きたいなら早く戻ろう」
 突然のことに熱くなった頬を手で仰いで冷やしながら、後部座席の荷物を取ってコテージへと戻る。後ろで音くんがトイレじゃないといえだと言っていた。もう、一体なんなのだ。

 コテージへと戻り扉を開けると、美味しそうなお出汁の匂いが漂ってきた。色々作るよりも鍋にしようという音くんの提案に合わせて、各自好きな具材を買って寄せ鍋をすることにしていた。すっかり準備は整っているようだ。
「すみません、遅くなりました」
 慌ててリビングの方へと向かっていくと、ナマエさんがしーっと人差し指を唇に当て振り返った。
「ごめんね、買い出しありがとう。でももうちょっとだけ、ご飯待ってもらえる?」
「あ、はい……どうしたんですか?」
「あれ」
 クスッと笑ってナマエさんが指差した先には、暖炉の前でチェアに座ったまま眠っている月島先輩の姿があった。
「あの人、今日の旅行楽しみにしてここ最近も仕事頑張ってたから。ある程度ご飯の用意した後、二人を待ちながら暖炉を見てたらうとうとし始めちゃって。ちょうど今寝ちゃったの」
「ここまでずっと運転もしてもらってましたもんね」
「多分五分十分寝たらすぐ起きて回復するとは思うから、ほんの少しだけ待っててもらえる?」
「それはもちろんです。あ、あとよかったらブランケットとか使いますか?」
「ありがとう」
 キッチンの方へ買い足したお菓子たちを置いた後、私は部屋へと戻りブランケットを手に取った。リビングに戻ると、もう一袋分買い物袋を持った音くんがキッチンの中へ入っていた。冷蔵庫に飲み物を入れてくれているようだ。
 ナマエさんは渡したブランケットをそっと月島先輩に掛ける。優しい眼差しで先輩を見つめる彼女の姿が素敵で、なぜか胸がギュッとなった。
 サプライズプロポーズ、絶対成功させて欲しいな。そしてその時の話を、次に会った時は嬉しそうに聞かせて欲しい。
 パチパチと木の爆ぜる音が部屋の中を包む中で、私はそんな事を考えていた。

n番煎じなのはわかってるのですが、鯉登くんの方言ネタで「といえ」を「トイレ」と聞き間違うのやりたくて……