きっと世界を手に入れた
もしも星が降ったら、その時君は何を願う? 望遠鏡をセットしながら、杉元くんは私にそう言った。
「流れ星に願い事かぁ。杉元くんって結構ロマンチックな事言うよね」
「えぇ〜そう? 普通じゃない?」
「知ってる? あれって、星が流れるあの一瞬に三回願えるほど強い思いがあれば叶うって意味なんだって」
「へぇそうなの?」
「まあ、諸説あるけどね」
彼に望遠鏡を任せて、私は椅子や小さな机をセットする。大きな水筒型の保温ポットとカップを取り出して、インスタントのコーヒーを溶かした。杉元くんの分には、スティックシュガーを三分の二ほど。私はその残りを入れてほんの少しだけ甘くする。何度もみんなで天体観測をしたりお茶をしたりする内に覚えたちょうどいい塩梅だった。
「でもまあ、今日は流れ星どころか星が見えるかも危ういね」
「この天気じゃね」
いつもならば濃紺の空に散りばめられた星が浮かぶ展望台からの景色が、今日はただただ暗く厚い雲に覆われている。最初は中止にしようという話もあったけれど、就活を理由に引退したOBである四年生も参加出来る最後の天体観測日だから、雨が降らない限りは決行しようという事になった。まあ多分、天体観測は理由でみんなで集まって話したいと言うのが強いのだろう。案の定、私と杉元くん以外のメンバーは駐車場により近い場所で小さなテントを開いて暖を取ったりお菓子を食べたりしている。天文学サークルなんて名ばかりで、これまでだってこういう時間が元々多かった。
「まったく、何しに来たんだか」
「ははっ、まあいいじゃん」
「杉元くんも、あっち行ってきていいんだよ? というか、何人かは杉元くんと話したくて参加してるんじゃないの」
「ん? んー、でも俺は、こっちでナマエちゃんと星を見ていたいから」
ちっとも出てないけどね、星なんて。そう思いながらも望遠鏡を覗いてみる。やはり雲に覆われて、今日はなかなか星には巡り会えそうにない。
「ずっと聞きたかったんだけど、杉元くんってなんでこのサークル入ったの?」
「え?」
「ほら、別の体育会系のサークルも入ってたでしょ。掛け持ちしてまで、なんでうちにいるのかなって。引退した後も今日みたいに顔出してるし」
「それは、ナマエちゃんだってそうだろう」
「私は星が好きだもん」
少しでも雲が薄そうなところを探しては望遠鏡を動かしてみる。が、残念ながら見つからない。
「俺も、このサークルに好きなものがあるから、かな」
「そうなの? あんまり杉元くんが星好きなイメージなくて。ロマンチストだから流星群とかは好きそうだけど」
「うーん、ちょっと違うけど……まあいいや」
やっぱり今日は星を見つけるのは無理だろうかと一度望遠鏡を離し、カップに入れたコーヒーを一口飲んだ。ほんのりとした甘さが口に広がって、冷えた体を温めた。
「逆にさ、杉元くんは流れ星が見えたら、何を願うの?」
「俺? うーん、そうだなぁ」
交代とばかりに杉元くんは望遠鏡の架台を微調整しながら覗き込む。
「願えば、叶うかなぁ」
「さぁ、お願い次第なんじゃない?」
「じゃあさ、もし星が出たら、そしてそれを見つけられたらお願い聞いてくれる?」
「え、私がぁ?」
「うん。だってこんな空の中で星を見つけられたらすごいと思わないかい?」
月の光さえ出ていない曇天を指さして杉元くんは言う。そりゃすごいけど、それで私が願いを叶えることにどう繋がるというのだろう。
「まあ、私で叶えられる事なら……?」
「よっし、ほら、この位置で覗いてみて」
「えぇ……?」
促されるままに望遠鏡を覗くと、雲の切れ間に微かに光るものが見えた。流れてはいないけれど、確かにそれは星だった。
「よくこの中で見つけたね」
「だろ?」
彼にもし尻尾が生えていたら、きっと後ろでぶんぶんと大きく振れていたに違いない。昔近所で飼われていた大型犬に似ているなと吹き出しそうになる。犬種はなんだったか忘れたけど、よく大きな公園で飼い主と遊んで、フリスビーを拾ってくる度褒めて褒めてと尻尾を振っていた。あの時の子にそっくりだ。
「すごいね。で、何を願うの?」
「ん。んー……あの、さ」
「うん?」
さっきまでの勢いはどこへやら、急に帽子を深く被り直して深呼吸を一つした後、ゆっくりと私の方へと体を向けた。
「サークル引退しても、卒業しても、こうやってナマエちゃんと会いたいんだ」
「天体観測、ってこと?」
「ううん。そうじゃなくて……いやもちろん、天体観測でもいいんだけど、それだけじゃなくて。いろんなところにナマエちゃんと行きたい」
白い息を吐く杉元くんの顔が、みるみる赤くなっていく。きっとそれは、寒さのせいだけじゃない。そして、多分それは、彼だけじゃない。
「ごめん。もっとはっきり言うね。俺、ナマエちゃんが好きだ。いきなり恋人になってくれなんて言わないから、二人で遊びに行ったりしたいんだ。だめかい?」
思ってもみなかった台詞に、言葉が詰まる。だめな訳がない。誰にでも人気者の杉元くんのこと、私だって好きだった。だけど叶うはずないと思っていたから、深く深く閉じ込めていたのに。
何か言わなければと顔を上げ口を開くが、返事をするよりも先にあるものが目に入り思わず「あっ」と指をさした。
それは本当に僅かな雲の隙間。そこにきらりと一筋の光が見えた。待ちに待った、流れ星。
「え、もしかして流れ星?」
「た、ぶん。え、あ、望遠鏡!」
慌てて望遠鏡の架台を調節してその辺りを眺めるけれど、あっという間にまた空を雲が覆ってしまった。
「……一瞬だったね」
「うん。……代わりに杉元くん、私の願い事聞いてくれる?」
「え、う、うん」
告白をうやむやにしてしまったと言うのに怒りもしない杉元くんは、改めて緊張した面持ちで私を見つめる。
「私も杉元くんが好き。だから、恋人同士になって、二人で遊びに行ったりしたい、です」
「! ほ、本当っ!?」
コクコクと頷けば、また尻尾が見えるように嬉しさを全面に出した杉元くんに笑みが溢れる。他の誰も展望台に上がってこないのを確認して、ほんの少しだけ私たちは身を寄せ合った。
――待ちに待った・星が出たら・ロマンチック