杉元くんの様子が変だと思い始めたのは、付き合って一ヶ月が過ぎた頃の事だった。
新しくオープンするファミレスで、私たちはオープニングスタッフとして同時期にアルバイトを始めた。あまりに好みの顔面に思わず見惚れていると、「俺って喧嘩っ早いんだよね」と彼は照れながら笑った。どうやら私が顔についた大きな傷が気になって見ていると思ったらしい。こんなに格好いい人がこんなに可愛く笑うだなんて、恋に落ちない方がどうかしている。つまりは、私の方から彼に一目惚れをしたのだった。
それからは、ひたすらに猛アタックだった。と言っても、露骨にはならないよう細心の注意を払いながら。幸いシフトはよく被っていたので、なるべく話をするようにした。上がり時間が同じ時には一緒に帰るようにした。その内、杉元くんの好きなバンドを知り、それが偶然兄が昔好きだったバンドでありインディーズ時代のCDを持っているという話から、更に距離は縮まった。
「杉元くん、はいこれ」
「えっ! 本当に借りていいの?」
「うん、兄も是非どうぞって」
「うわぁ、ありがとう! ね、今度お礼に何かご馳走させてよ」
「……それは、兄に?」
「ははっ、そうじゃなくて、君に。何がいい?」
まさか食事に誘われるだなんて思ってもみなかった私は一瞬キョトンとした後、あまりの嬉しさに思わず口走ってしまった。
「私、杉元くんと一緒なら何でもいい!」
「えぇ? ……はは、そんな風に言われると照れるな」
そう言って照れたように笑う姿は出会った時と同じで。高鳴る心臓に押されるように言葉が口から飛び出して、私はそのまま告白をした。「うん、じゃあ、付き合おっか」そう言ってはにかんだ杉元くんの笑顔を、私はきっと一生忘れないと思う。
……だけれど、そこから冒頭のセリフに戻るのであった。付き合って一ヶ月。そんなにデートをしたわけではないけれど、バイトの前後にお互い時間が合えば近くの商業施設にショッピングへ行ったり、カフェでお喋りをしたりして過ごした。
「あ、ねえ。ちょっとこの雑貨屋さんに寄っていい?」
「うん……わぁ、すごく可愛い店だね」
「へへ、ここが取り扱っているキャラクターすごくお気に入りなんだ。……あ、でも杉元くんみたいな男の子は、こういうお店きっと退屈だし居心地悪いよね? やっぱり今日はやめとく!」
「え……大丈夫、気にしなくていいよ」
「ううん。ここは友達と来たらいいから!」
男の子との交際経験はほぼないに等しいけれど、男の子があまり可愛らしい店や女の子の買い物に付き合わされるのが好きではないという事は友人の話や雑誌などの記事から知っていた。せっかくこんなに素敵な彼氏が出来たのだ。少しでも退屈だと思われたり嫌な気持ちにさせたくない、そう思って私は店に入るのをやめた。
今にして思えば、杉元くんの様子がおかしくなったのはこの日がきっかけだったようにも思う。
それからも私は、可愛らしい女子ウケするお店には必ず友人達と行き、杉元くんとは落ち着いた店でご飯を食べたり男の子が好きそうなお店に一緒に行ったりした。私が好きそうなお店の前を通ると杉元くんは必ず「あ、ここ入ってみるかい?」と言ってくれたが、大丈夫と断った。杉元くんは優しいから、きっと気を遣って無理をさせているんだろうと思ったのだ。せめて、と友人と言った際の写真を見せ、私なりに楽しんでいるから気にしないでねと伝えるようにした。杉元くんは、安心したような寂しそうな顔をしながら「そっか」とだけ言った。
そんな事が続いてから、杉元くんがどこかソワソワするような、物言いたげな様子を見せる事が増えた。ほんの少し上の空なようにも感じる。不意に、私と過ごす時間が退屈に感じて、別れたいんじゃないかという不安に駆られ、慌てて首を振ってその考えを脳から追い払おうとした。
だけど、何故かその不安は心に染み付いて取り除けなかった。
不安が芽生えた日から数日が経ち、次のデートの日の事だった。やけに神妙な顔をした杉元くんから「ちょっと話したい事があるんだ」と言われ、不安は的中したのだと悟った。泣きそうな気持ちになりながらも、行きたいところがあるからそこで話そうという杉元くんの後ろを大人しくついていく。たどり着いた先は、私が好きなキャラクターのコラボカフェだった。
「えっ……ここ?」
「うん。予約も取れてるから、行こう」
「えっ……ま、待って待って! ここじゃ、やだ!」
「どうして? このキャラクター、好きだろう?」
「だ、だから嫌だ! こんな場所で別れ話なんて、されたくないっ!」
既にこぼれ落ちそうな涙をなんとか堪えながらそう言うと、杉元くんは思い切り顔を歪ませた。ああ、そんな顔さえも格好良くて大好きなのに、私はもうこの人の彼女ではいられなくあるのかと悲しい気持ちになっていると、杉元くんが戸惑いを隠せない声色で私に言葉を投げ掛けた。
「ちょっと待って、別れ話って何」
「わ、私振られるんでしょっこれから……っ別れたくない、けど……っもうどうしようもないのなら、ゴネたり縋ったりしないからっ! だからここではやめてっ!」
大好きなキャラクターのコラボカフェで大好きな恋人との別れ話なんて、そんな一生もののトラウマになってしまう。そんな事を思いながら必死に杉元くんに話していると堪えていた涙がどんどん溢れ出して頬を一列に伝っていく。
「……あのさ、とりあえず別れ話じゃないから、落ち着いて。場所変えようか」
周囲の人達の目線に耐えられなくなり、私たちはそそくさとそこを立ち去った。
人気の少ない場所まで移動して、杉元くんは私を空いたベンチまで誘導した後、自販機でお茶を買って手渡してくれた。キャップまで外して渡してくれるそのささやかな行動に、改めてこういうところが好きなんだよなあと思う。
「……少しは落ち着いた?」
「う、うん……急に泣き出して、ごめんね」
「ううん……ねえ、なんで別れ話だなんて思ったの?」
「最近、杉元くんが上の空に感じて……私と一緒にいても楽しくないんだろうなって……振られちゃうのかな、って……」
「そっか。そんな風に不安にさせちゃってたのか」
うーん、と小さく唸って杉元くんは私の隣に腰掛けた。
「話したい事があってさ。もしかしたら、俺の方が振られちゃうかもしれないんだけど」
「わ、私が杉元くんを振ることなんてないよっ!」
「そう? だといいんだけど」
笑顔で杉元くんは俯いた。少しの沈黙がとても長く感じる。杉元くんの言葉を待っていると、意を決したように杉元くんが私の方に顔を向けた。
「俺、多分君が思ってるような男じゃないんだ」
「……うん?」
「俺さ、可愛いものとか、すごく好きなんだよね。君が好きだって言ってたキャラクター、俺もすっかり好きになっちゃった」
「えっ? え、えっと?」
「ね? 君が思ってるような『可愛いものなんて興味ない杉元クン』なんかじゃないんだ……」
杉元くんは眉を下げながら笑って「ごめんね黙ってて、嫌いになる?」と私に問いかけた。
「全然! むしろそんなギャップに今、私はすごく胸がギュッとなってる!」
私がそう言うと杉元くんは安心したように笑った。
「だけど、仮に別れ話だとして、もう少しゴネたり縋ったりしてくれてもいいんじゃない?」
そう拗ねたような彼の表情と口ぶりに、また胸がギュッとなったのは、杉元くんには秘密にしておこう。
初出 2022.11.26
格好良くて中身乙女というギャップいいですよね。