最近、白石由竹は付き合いが悪い。
「もしもし白石? 今週末はうちに来る?」
『……あー、ちょっと予定あるからまた今度にする!』
以前ならば誘えば二言返事で現れていたというのに、一体何だというのだ。女でも出来たのだろうか。別に、私にはとやかく言う権利もないのだけれど。
私と白石は、ただの友人であって、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
白石とはもう五年以上の付き合いになる。飲み屋で偶然一緒になり、意気投合し出会ったその日にホテルへとなだれこみ、体の関係を持った。かと言って、お互い自由を好む性格だった為特別な関係になる事もなく、都合が合う時に会って酒を飲み気分によっては関係を持つ、という所謂
互いに恋人がいた時期もない訳ではない。そういう時期には、体の関係は持たずに飲み友達として時たま会い、どちらかが恋人と別れればまた……という、なんとも言えない関係をもう何年も続けていた。
だが、ここのところ白石は呼び出しても誘いに乗らず、飲みに出掛けたとしても本当に飲みに行くだけ、という事が増えた。過去に彼女らしき存在が出来た時には先に近況として伝えられていたが、今回はそれもない。なのに突然取られた距離に、なんともモヤモヤする日が続いた。
「だがお前ら、結局付き合ってる訳じゃないんだろう?」
「ん、まあね。だから別に縛る事もしないし、ただちょっとモヤモヤするってだけなんだけどさ」
「ったく、どうせ恋人が出来ても続かねぇお前らがそれだけ続いてるんなら、いい加減付き合えばいいのによ」
馴染みの店のマスターであるキロちゃんが呆れたように言い放つ。白石との出会いのきっかけにもなったこの店は、二人でもよく足を運びそれぞれ単体でも飲みに来る事がよくあった。
「わっかんないかなぁ、恋人じゃないから続いてるんでしょ。そんな関係になって互いを縛るようになったら私たちは続かないんじゃないかな、きっと」
「そうは思わんけどなあ」
週末だというのに珍しく客は少なく、店の中には私とキロちゃんしかいない。ゆったりとした音楽が流れる店内で、グラスの中で溶けた氷のカランッという音が静かに響き渡る。
「白石だって、きっと同じだよ。だからいいの」
「……もし、白石が恋人になってくれと言ってきたらどうする?」
「だから、ないんだって。ないの」
「例えばの話だ」
「……まあ、プー太郎の内はなしかな。もういい歳だし。先の事もそろそろ考えていかないとだし」
「ほぉ、結婚願望はあるのか」
「ん、まあ一応はね。これまで自由に生きてきたから今更結婚とか他人と生活とか無理な気もしてるけどさぁ」
「だからこそ、白石とお前となら上手くいく気がするんだがなあ」
キロちゃんはそう言い、自分自身のグラスにもウイスキーを注ぎ込んだ。そろそろ店仕舞いにするつもりなのだろう。トクトクと静かに注がれる音に耳を傾けながら、いつだったか白石と交わした会話を思い出していた。
『いつかは結婚したいけど、相手が見つかる気がしない』
『ほーんと男運悪いよねぇ、まあ俺も人のこと言えない訳だけど』
『まったくだわ』
『……ねえ、もし数年後……そうだな、お互い三十になるまでどっちも独身だったら、俺たちで一緒になるってどう?』
『私と白石が? あは、それもいいかもねえ』
『お、ほんと?』
『その時にお互い独身でぇ、白石がちゃーんと定職についてたら考えてあげよう!』
『そう来るか〜養ってはもらえないか〜』
『当たり前でしょ!』
『クゥーン』
別にあんなやり取りを本気にしている訳ではない。白石はよく女の子を口説いていたし、私にも軽いノリでそういった事を言うことはたまにあった。あの日の会話だってきっとその延長だ。
それなのに、何故かそんな事を思い出してしまうのは、きっと誕生日が近いからだろう。もう少しで私は二十代最後の歳を迎える。白石と話していた三十まで、後一年と少しだ。
「でもまあ、この様子じゃ約束は果たされないかもなあ」
「ん?」とキロちゃんがこちらを見て、心の声を口に出してしまっていた事に気付く。それくらいには酔ってしまったらしい。無性に白石のあの間抜けな声が聞きたくなってスマホを手に取り、ブンブンと思考を取り払うように頭を振った。妙に寂しく感じるのも、きっとアルコールのせいだ。今日はもう帰ろう。スマホをバッグに仕舞い込んで、キロちゃんに会計をお願いして店を出る。夜風で頭を冷やしながらゆっくりと家へと歩いた。
翌日の休みも、特に予定はなく。家にいても悶々と過ごしてしまうような気がして、あてもなく出掛けてみるかと体を起こした。
外へ出てみれば意外と心は晴れやかになるもので。季節柄、華やかに浮かれた飾りがたくさん並ぶ街並みに自然と足取りは軽くなった。ハロウィンとクリスマスの間にある誕生日は、イベントが続くようで昔から大好きだった。
何か自分への誕生日プレゼントでも見繕うかといくつかの店を眺めていたところで、見覚えのある坊主頭が視界の端に映り込んだ。いつも着ているパーカースタイルとは異なり、ピシッとしたジャケットを着ていたせいで一瞬違うかと思ったが、間違いなくその人物は白石由竹であった。
普段と違うその雰囲気に思わず身を隠し様子を伺う。白石はソワソワした様子で小さな紙袋を手にし、その袋の中身をもう一度確認した後ふにゃと顔を緩ませた。サイズと紙袋に書かれたブランドロゴから察するに、アクセサリーか何かが入っているのだろう。それも、女性用だ。心臓が早鐘を打つのを右手で押さえながらも、なんだ、そういう事だったんだと妙に納得していた。
大方クリスマスを前に彼女が出来て、その子に夢中なのだろう。一丁前にプレゼントまで買っちゃって。そんな事を考えながら何故か歪んでいく視界に、思わずその場でしゃがみ込む。いい歳をした大人が、こんな事で、こんな場所で涙なんて。
必死に込み上がってくるものを抑えようとしていると、頭上から影が差した。
「な、なんでここにいるの?」
聞き慣れた、間抜けな声。こんな顔を見せたくなくて、俯いたままで口を開いた。精一杯、声を震わせないように。
「買い物してたら、ちょっと立ちくらみしちゃって」
「ありゃ、大丈夫?」
「少し休めば平気。それより白石、彼女出来たの? いつもみたいに教えてくれたらよかったのに。おめでと」
「へっ⁉︎ ……あ、あぁ、これ?」
そう言ったかと思えば、しゃがみ込んだ私に合わせて白石も脚を屈ませ私の顔を覗き込んだ。
「彼女はいません。これから出来たらいいなと思ってます」
「なに、それ」
白石の言葉の意味がわからず、必死で表情を整え顔を上げる。そこには私の目の前に袋を掲げ、笑顔を浮かべる白石がいた。
「……え?」
「本当は誕生日に渡したかったんだけど、もう見つかっちゃったから」
「え、え? 私に?」
「うん。受け取ってくれる?」
状況が飲み込めず固まる私に、白石はニコリと笑いながらも少し震えるその手で、袋の中から小さな箱を取り出す。パカっとその箱を開けば、小さなリングがきらりと光った。
「あの話、まだ有効? 三十まで独身だったら、ってやつ。俺結構本気だったんだけど」
「へ? え?」
「まあでもいきなり結婚はどうかと思ったから、一年くらいはお付き合い期間があった方がいいかなって。結婚を前提にってやつ? 今更だけど」
「……」
「仕事も見つけてきた。就活大変だったんだぜ? これ買うためにバイトもしてたからなかなか会えなくってさ。給料三ヶ月分の婚約指輪じゃなくて、ちょっと安いプロポーズリングってやつだけど」
「……っ」
「……で、どう? 受け取ってくれる?」
「あは、仕方ないなあ。約束は守らないとね」
そう言って泣きながら笑う私に、白石はリングを取り出し指にはめた。
「順番が色々間違えちゃったけどさ。結婚を前提に、恋人になってください」
「……はい」
いつもの調子のいい白石とは打って変わって真面目な表情に、胸がくすぐったい。かと思えば、すぐにいつもの顔に戻った後「大事な事忘れてた」と思い出したように私の耳元に顔を近付け言った。
「もう、ずぅっと前から君の事が好きだったよ」
そんなの、私だってそうだよと彼にしか聞こえない声でそっと呟いた。薬指にはめられたばかりのリングが、ずっと前からそこにあったかのように何故かしっくりきた気がした。
初出 2022.11.26
「三十まで独身だったら」n番煎じなネタですが、私の中では白石が一番しっくりきます。