事件はバレンタイン売り場にて
赤、ピンク、茶色。クリスマスを終え、お正月も過ぎてしまえば、街は一気にこの色たちで埋め尽くされる。バレンタイン。義理で贈るもの自分のために購入するもの友達と交換するもの……本命相手以外の名目でも渡す機会の増えたそれは、百貨店のイベント会場に所狭しと並べられている。
私はこの場所を歩くのが好きだ。たとえそれが、会社からのおつかいでだとしても。
男性社員に比べ女性社員が少ない我が部署では、バレンタインにはみんなでまとめて贈るのが慣習となっている。それぞれが用意すると大変だからだ。
毎年当番を決めてお金を集め、みんなの意見を参考にしたものを買いに行くようになっていたのだが、今年は私が行くことになった。本来なら私の後輩に当たる子が今年の当番だったのだが、どうも付き合っている恋人と遠距離恋愛中のためこの土日を利用して彼のところへ行きたいとの事だった。
恋人もおらず独り身で身軽な私は、それならば私が行きますと名乗り出た。どの道、土日に自分でも足を運ぶ予定があったのだからちょうどよかった。
外の寒気を感じさせないほどの熱気に満ちた催事場を前にし、心が弾むのを感じる。あちらこちらの売り場に目移りをしてしまう。いや、だけどまずは会社からのおつかいのものを買わなくては。
お目当ての有名店のチョコが置いてある場所を探しながら歩いていると、別のお店のチョコが一つ目に飛び込んできた。
(わ、あのチョコ可愛い! あれは絶対に自分用に後で買おう)
思わず人の流れを外れてショーウィンドウの中に飾られたチョコレートを眺める。可愛らしい動物たちのイラストの施された箱に入ったトリュフチョコレートのアソートボックス。一人で食べるにはこの一番小さいのでいいけれど、デザインはこっちの方が好きだしなあなんて考えながら、また本来の目的を思い出しハッとした。売り場の場所をもう一度確認して、後ろ髪を引かれながら人の流れへと戻る。
やっと目当ての売り場を見つけ、頼まれていたショコラボックスを購入した。個包装にされたチョコレートバーなら、配りやすいし甘いものが苦手な人も食べやすいフレーバーのものがあるからと一番長く勤めている先輩からの推薦だった。
人数分配れるだけの量を計算しながら店員さんに包んでもらうように頼み、さて次は自分の買い物をするかと周囲を見渡す。
先ほどの自分用のチョコとは別に、私には買いたいものがあった。お世話になっていて、かつ、憧れの存在でもある月島係長へのチョコレートだ。
月島係長は、言ってしまえば「推しの上司」という存在だった。私がミスした時でも優しくフォローしてくれ、誰よりも仕事を頑張っているのに威張ったりは決してしない。集中している時の顔は話しかけるのを躊躇うほど少し怖いのに、ふっと気が緩んだ時に見せる笑顔はとても可愛くて、思わず心臓を撃ち抜かれてしまう。男性の中では背が低い方だと思うけれど、そこんじょそこらの男の人とは比べ物にならない筋肉質な体。
全てにおいて、私の中で「最高」な「推しの上司」である月島係長に、日頃の癒しをありがとうの意味を込めてチョコレートを贈りたかったのだ。
先ほども歩いてきた道をぐるりと回りながら、どんなチョコレートなら彼は喜んでくれるだろう。いや、きっとどのチョコレートを贈っても喜んでくれる、とは思う。
目を丸くして、「俺にか?」なんて少しだけ戸惑いつつも、「ありがとうな」と笑顔を見せてくれるだろう。多分、それが義理以上の意味を持ってるなんて微塵も疑わずに。
そんな想像をしながらもあれこれと悩み、最終的にゴディバのものを購入することにした。ここならば流行やブランドに少し疎い月島係長でも知っているだろう。何より、月を模したボックスに月の形のショコラが入っているアソートボックスがある。名前にちなんでいてとてもいいのではないかと思ったのだ。
店員さんに包んでもらい、それを受け取って再び歩き出す。後は先ほど目に止まった自分用のご褒美チョコを買えば今日はおしまいだ。
確かあのお店はこっちだったはずと周囲を見渡していると、私は人混みの中に見慣れた姿を見つけて思わず息を呑んだ。
少し離れたところにいたその人は――