傘を持っていない私は、/深海マーメイド

傘を持っていない私は、

Without an umbrella, I…

やっぱり理解出来ず思わず顔を机に伏せた

 やっぱりわからなくて思わず机に顔を伏せた。別の科目からやってしまおうか。それとももう帰ってしまおうか。でも週末の間にわからないまま過ごすのはきっとよくない。
 どうしたもんかとしばらくその体勢で悩んでいると、不意に前の席に誰かが座って声を掛けられた。

「なんだ、もう終わりか?」
「えっ? ……尾形くん」

 椅子の背もたれに肘をかけ、横向きに座って私の手元を見ている目の前の彼は、同級生の尾形くんだった。入学してからずっと坊主だったのに、今年度から少し髪を伸ばして、だけど一部は綺麗に刈り上げて、と整えてる彼はこの一年で大人っぽくなったように感じる。

「尾形くんも、自習?」
「いや。忘れ物取りに戻ってたらお前の姿を見つけて、やたらと百面相してたから見てた」
「ひゃく……っ!? うそ、私そんなだった?」
「ああ。黙ってるのに賑やかな女だな、お前は」

 そう言って意地悪くニヤリと笑う尾形くんに、体中の熱が頬に集まるのを感じる。どうしよう、恥ずかしい。

「で、どこにそんなに苦戦してるんだ」
「うぅ、ここ……」
「ああ、今日授業でやったところか。それならここをまず理解してからじゃないとわかりづらいぞ」
「えっ、あーそこもこの間わからないなぁと思ってたんだ……そっか、だからかぁ」
「……教えてやろうか」
「え、いいの?」

 意外な提案に勢いよく顔を上げると、ニンマリという言葉がピッタリな程の笑顔で尾形くんは「もちろんタダじゃない」と言った。

「え、と、つまり?」
「そうだな、アイス一つでどうだ」
「購買ってアイス売ってないよ?」
「帰り道にコンビニくらいあるだろ」
「そりゃあるにはあるけど」

 それはつまり、一緒に帰ってアイスを奢れ、という事だろうか。勉強を教えてもらえるならそれくらいお安いご用だけど……

「今日、雨降ってるしなぁ」
「だからなんだ」
「コンビニ寄るとちょっと遠回りなの。あーでもそこで傘買うのもありかな」
「傘、ないのか」
「うん」
「……俺はあるから、入れてやる」
「そこまでしてくれるの?」

 尾形くんが勉強を教えてくれて、途中までとはいえ傘にも入れてくれるだなんて。どうりで雨が降るはずだ。なんて言ったら怒られるだろうか。

「じゃあ、お言葉に甘えていい? ここと、ここ。教えてください尾形せんせー!」

 そうお願いすれば、尾形くんは意外にもわかりやすく教えてくれた。授業中、よく外をぼーっと見ているのにちゃんと理解しているんだなと関心する。時々チクチクとした言葉は挟んでくるけれど、それでも私でもすぐにわかるくらいにきちんと教えてくれた。

「すごい、やっと理解出来た! これで試験はバッチリな気がする!」
「ははぁ、そりゃ点数が楽しみだな」
「うっ……まあ、それはあんまり期待しないで」

 窓の外を眺めれば、だいぶ雨足は落ち着いているがまだしとしとと小雨が降り続いている。これくらいなら多少傘がなくても帰れそうではあるけど。そんな私の思考を読み取ったのか、尾形くんは「せっかく勉強したのに、風邪引いて試験を受けれなくする気か?」と言った。

「そういう訳じゃないけど」
「他にわからないところがなければ、今のうちに切り上げて帰るか」
「うん。そうしようかな」
「これくらいなら、二人で傘を差してもそうそう濡れはせんだろ」

 尾形くんのその言葉を聞いて、そうか傘に入れてもらうということは二人で傘を差して歩く……つまり相合傘になるという事だ。改めてそう意識すると、ちょっとドギマギしてしまう。
 そんな私の気持ちなんて知ってか知らずか、涼しい顔で帰る支度をした尾形くんは早くしろと私を急かす。慌てて私も教科書たちをバッグに詰めて席を立って、自習室を後にした。下足箱で靴を履き替えると、尾形くんが大きな黒い傘を開いて私を待っていた。

「お邪魔します」
「ああ。……濡れるだろ、もっとこっち寄っとけ」
「……ん」

 肩が彼の腕に触れるか触れないかの距離。高鳴る心臓の音が聞こえてしまわない事を祈りながら、私たちは学校を出てコンビニへと向かった。目的地に辿り着く頃には雨は止んでいて、もう傘を買う必要もなかった。よかったと思いつつ尾形くんにもう一度お礼を言おうと彼の方を向くと、傘を持っていなかった方の肩が濡れているのに気付いた。私はちっとも濡れていないのに。

「尾形くん、肩……」
「あ?」
「肩、濡れてる。ごめん。私のせいだよね?」
「……あぁ、別に。気にするな」
「あ、私タオル持ってる。体育あるからと思ったけど、あんまり汗かかなくて使わなかったから綺麗なやつ」

 通学バッグからタオルを取り出そうとすると、尾形くんは「これくらいで風邪引くほどやわじゃないんでね」と言いながら店の中へと入っていった。早速アイスを物色する彼の隣に並んで、チョコレートでコーティングされた一口サイズのアイスが入ったボックスを手に取った。。尾形くんは一瞬お高いアイスに手を伸ばそうとしたけれど、私が予想通りの反応をしたのが面白かったのかくつくつと笑いながらそれを止めて果実の味がする氷菓子に手を伸ばした。バイトをしていないお小遣い制の学生なので、正直助かる。
 帰る方向が違うからそこでバイバイをするつもりだったのに、尾形くんは私のアイスを一口くれだとかこっちも少しやるだとか言って、結局二人でアイスを食べきるまで近くで過ごした。それから「遅くなったし、送る。一応お前も女だからな」なんて言いながら、家まで送ってくれた。
 こんなに優しい尾形くん、この後またもう一雨来ちゃいそうなんて笑ったら、「その時はお前の家で雨宿りさせろよ」だって。

 なんだかまだ離れがたいから、本当にもう一雨来てくれたらいいのになんて思いながら、私はゆっくりと家までの道を歩いて帰った。濡れていた尾形くんの肩はまだほんのりと湿っていて、彼のささやかな優しさを噛み締めた帰り道だった。
 
 

――尾形END――


ひとこと

尾形と帰り道寄り道したいし相合傘したい人生でした。


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