傘を持っていない私は、/深海マーメイド

傘を持っていない私は、

Without an umbrella, I…

諦めて走って帰ることにした

 単語帳を閉じてバッグにしまい、代わりに持ってきていたタオルを取り出した。頭にかければ少しは雨よけになるだろう。
 雨が少しでも強くなる前に家にたどり着きますようにと走り出そうとした瞬間、私は後ろから声を掛けられた。

「あれ〜? ナマエちゃん、今帰り?」
「白石くん。うん、これからダッシュで帰ろうかなと思って」

 タオルをひらつかせ、傘を持っていないことをアピールすると白石くんはニカッと笑った。

「なぁんだ、ナマエちゃんも傘忘れちゃったんだ」
「うん……って、あれ? も? でも、白石くん、傘持ってるのに」
「あぁーこれ? これはね……」

 まるで私以外の誰かも傘を忘れたような言い方をしているが、白石くんの手にはしっかりとビニール傘が握られていた。ここに来るまでに会った誰かも傘を忘れていたんだろうか。

「うーん、引かないで聞いてくれる?」
「ん? うん」
「雨の続いた後ってさ、ゴミ捨て場に割と傘捨てられてるんだよね」
「……うん?」
「風にやられてメチャクチャになってるのがほとんどだけど、たまーに骨が一本折れてるとかちょっと穴が空いてるけど、まあ使えなくはないかなーって言うのがあって」
「……なるほど……つまり、それは」
「うん、まあお察しの通り。捨てられてたけど、使えそうな傘」

 あははーと笑いながら少しだけ掲げられたビニール傘は、さすがに新品とまでは言わないけれど比較的新しく使えそうな傘に見える。だけどよく見れば、確かに一箇所不自然な形をした骨組みがあるようにも思う。

「あ、その顔。引いてるね? 一部では知られてて、結構傘忘れた人がワンチャンと思って見に来るんだよぉ?」
「引いてはないよ。ちょっとびっくりしたけど……でもなんか、白石くんらしい」
「らしいってどういう意味ぃ?」

 クゥーン、と少しだけ寂しげに拗ねた顔をする白石くんに思わず笑ってしまう。

「ごめんごめん。でも勝手に、白石くんも今日みたいな日は傘は持ってきてないタイプなのかなって思ってたから。だから傘持ってたのが意外だったけど、その真相聞いたらやっぱり白石くんだって思って」

 話す内に止まらなくなってくすくすと笑い続ける私に、彼は口を尖らせた。

「ちょっと笑いすぎじゃなーい?」
「あはは、ごめんごめん。でもそっか、それなら私も見に行ってみようかな」
「んー、でもさっき見た感じもう傘のゴミはなかったと思うよ〜?」
「そうなんだ……じゃあやっぱり、走るしかないか」

 まだ止みそうにない雨空を見上げ、頭にかけたタオルの端をギュッと握る。家が近ければ途中まで入れてとお願いしたい気持ちもあるけれど、生憎白石くんの家はまったくの逆方向だったはずだ。さすがにクラスメイトにそこまでお願いするわけにはいかない。
 それじゃねと白石くんに手を振ろうとした時、白石くんは傘を開いて私を呼び止めた。

「ナマエちゃんさえよければだけど、家まで送って行こうか?」
「……え。いやでも、白石くん、家反対方向じゃ……」
「そうだけどさ。雨に濡れて帰ろうとしてる子放ったらかしてそれじゃあねなんて帰れないよ」
「いやいや、そんな。これから雨ひどくなるかもしれないし」
「だったら尚更。その、一度はゴミ捨て場に捨てられてた傘で嫌じゃなければ、だけど」
「……それは、まあ、気にしないけど」

 気にする子もいるだろうけど、特に汚れもついていない綺麗な傘だから私としてはそこまで強い抵抗はない。だけど、遠回りのレベルではないのにお願いしてもいいのだろうかと躊躇ってしまう。だけど彼はさっさと差した傘を手に持ち私をその中へと招いた。

「気にしないのならよかった。確かナマエちゃんの家はあっち方面だよね?」
「あ、う、うん。本当にいいの?」
「もちろん。ナマエちゃんともっとお話したいから俺ってばラッキー」
「なぁにそれ」

 お調子者の白石くんは、いつもの調子でそんな事を言ってくる。彼が明るく戯けるから、クラスの雰囲気はいつも明るい。日頃から特別目立つというわけではないけれど、いざという時こんな風に場の空気を察して和ませてくれる白石くんを、私は密かにすごいなぁといつも思っていた。
 帰り道はとにかく二人で笑いながら話して帰った。日頃通る道が、隣にいるのが彼というだけでいつもと違って見えて、なんだかくすぐったい気持ちになった。あっという間に家まで辿り着いてしまう。途中で雨は少し弱まり傘がいらない程にはなったけれど、それでも傘を閉じて二人で並んで歩いた。

「ごめんね、結局家まで送ってもらっちゃって。雨、止んだのに」
「いいのいいの、ナマエちゃんと話すの楽しかったからさっ」
「白石くんって、優しいよね。私なんて家近いから、あのまま走っても大した事なかったと思うのに。本当にありがとう」
「そりゃ、好きな子が濡れようとしてるのに、ほっといて帰れないでしょ」
「あは、本当やさし……え?」
「誰にでもじゃなくて、ナマエちゃんだからなんだぜ?」

 きょとんとした顔で彼を見ると、白石くんは照れくさそうに笑った。言われた言葉の意味が一瞬わからなくて、だけど徐々に理解して鼓動が速くなるのを感じる。

「へ、あ、えっ」
「あー……急にこんな事言われてもって感じだよねぇ? ごめん、聞かなかったことにしてくれる?」
「や、そんな……そんなの、無理、だよ」
「……はは……まあ、そうだよねぇ」

 ぽりぽりと頭をかきながら苦笑いを浮かべる彼に、誤解を与えないように私は矢継ぎ早に言葉を伝えた。

「聞かなかったことになんて、出来ないよ。私も……その、白石くんって、いい人だなっていつも気になってたし……その、そう言われて嬉しかった、から……」
「へっ」

 今度は白石くんが私の言葉にきょとんとした顔をする番だった。そしてみるみる内に顔が赤くなっていく白石くんを見て、私も同じように顔に熱が集まっていく。

「あの、えっと、それって」
「あ、おねーちゃーん! かえってきたのー? おかえりー!」

 真っ赤な顔を浮かべた二人なんてお構いなしに、私たちの歩いてきた道とは反対の方向から黒いランドセルを背負い黄色の帽子を被った弟が私の姿を見つけ嬉しそうに歩いてくる。白石くんと二人でいたら、弟から両親たちに何を言われるかと私は慌てて白石くんに言った。

「ご、ごめん。あのっ……弟帰ってきちゃったから、この話はまた今度!」
「え、わ、わかった! じゃあ、またね!」
「おねーちゃんその人だれ? お友だち?」
「そ、そう! 姉ちゃん傘忘れちゃったから、入れてくれたんだよ」
「ドジだなー。うちのおねーちゃんがおせわになりました!」
「そ、そういうのはいいから! ほら、家の中に入る!」

 去っていく白石くんをチラリと見送りながら、弟を連れて家へと入る。なんとか誤魔化せた、と思いたい。
 部屋へと戻りバッグを置いて、先ほどの事を思い出していると、スマホが小さく震える。届いたメッセージは白石くんからだった。

『さっきはごめんね! 次は“お友達”じゃなくなってるといーなぁ!』

 にっこり笑った顔とピースサインの絵文字がついたそのメッセージに、私は上がってしまう口角を抑えきれないまま、なんと返事を打とうかと考えるのだった。
 
 

――白石END――

ひとこと

白石ってなんか、普通にゴミ捨て場から傘持ってきそうだなって。でも決して人のを盗るんじゃなくて、ゴミ捨て場からってのがポイントです(なんの?)


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