一番でいたいから
神様って、時々意地悪だよなって思う。
朝は苦手。特に冬の朝なんて、いつまでも布団と仲良くしていたいと思うのは、私だけじゃないはず。それでも私は、今日だけはと強い心で布団を這い出て早起きをしてきたのだ。全ては朝イチで彼に会う、ただそれだけのため。
それなのに。
一緒に登校しようと、待ち合わせをしていた通学路。住宅街の中で大好きな佐一くんの姿を見つけて駆け寄ると、私が声を掛けるより一足早く女の子が彼の前に現れた。待って、やだ、と心の中で叫んでも時すでに遅し。はにかんだように笑う彼の手には、小さな袋が渡されていた。
足を止めてその一部始終を見守る。私たちと違う制服を着たその女の子は、佐一くんとは違う男の子と手を繋いで別の方向へと歩いていった。会ったことはないけれど、よく話も聞いていたし写真を見たこともあるから、あの人たちが佐一くんの幼馴染の二人なんだろうなとすぐにわかった。
呆然と立ち尽くす私に気付いたのか、佐一くんは右手を挙げて私の方へと駆け寄ってくる。
「おはよう。ごめんね、朝練があるから早いのに、合わせてくれて。大丈夫?」
「ううん……私から一緒に登校したいなって言ったんだし、大丈夫だよ」
「惜しかったなぁ。ついさっき梅ちゃんと寅次に会ったんだ。前に話しただろう? 幼馴染の」
「うん」
やっぱりそうなんだ。何度も聞いているから、しっかりと覚えているよ。幼馴染で、仲良しで、今は恋人同士になっている二人の話。
そして梅ちゃんが、かつて初めて想いを寄せた女の子だってことも。
ぐるぐると嫉妬で渦巻いている醜い心に蓋をして、私はふにゃりと笑って見せた。
「紹介したかったな、二人にも君のこと」
「なんて?」
「俺の彼女って」
へへ、と佐一くんは笑う。端正な顔立ちの頬が赤く染まると、格好いい彼が急に可愛くなる。どちらも兼ね揃えた彼が大好きで堪らないのに、今はその笑顔を見ても心の中はときめきよりも醜い感情の方が上回ってしまう。
上手く笑えている自信がなくて、寒いねと誤魔化してマフラーを鼻先まで上げた。だけど、歪んだ口元は隠せても、強張った目元は誤魔化せなかったようだ。佐一くんの笑顔が消えて、心配そうに私のことを見下ろした。
「……どうしたの?」
「ん? どうもしないよ」
取り繕ってそう答えるけど、潤いを帯びた声を彼は聞き逃さなかったらしい。姿勢を低くして私の顔を覗き込んだ彼と目が合うと、堪えていた涙が一粒頬を伝った。ハチミツみたいな彼の瞳が、困ったように揺れている。
「どうもしないわけないだろう。ごめん、俺何かしちゃった?」
「ちが、違うの」
こんなちっぽけな事でヤキモチ妬いて、面倒臭い子だと思われたくない。そう思って、私は両手で顔を覆ってすぐに涙を拭う。
「本当になんでもないから」
「だめ。何かあったなら、ちゃんと言って」
佐一くんの優しい表情とその声に、私の涙腺はいっそう緩んでいく。本当に大した事じゃないんだけど、と前置いて私はぽつぽつと気持ちを吐き出した。
佐一くんと幼馴染のあの子の間に、今は何もないことなんてわかってる。あの子に想いを寄せていたのも、遠い昔の、ごっこ遊びの延長のようなものだったというのも理解している。だからこそ、私に笑い話として話してくれたことも。
だけど、自分でも知らなかったけど、私って思ったより嫉妬深くて心が狭いみたい。佐一くんの彼女は、あの子じゃなくて私だって、あの子には他の彼氏がいるって、わかっているのに。頭では理解していても心でずっと引っかかってしまう。
だからせめて、バレンタインチョコを誰より一番に渡したかった。そしてこの甘く特別な日の朝を、一緒に登校して過ごしたかった。それなのに、それさえもあの子に先越されちゃった。
言葉にすればするほど、自分がどれだけ子供じみたことを言っているのかわかって辛かった。それでも佐一くんは怒りも呆れもせずに、黙って私の言葉に耳を傾けてくれた。
「ごめん……あの、面倒臭いこと言ってる自覚は、すごくある。困らせてごめん」
「ううん。俺こそ、ごめん。君がそんなに気にするなんて思わなくて。梅ちゃんのこと、今は本当になんとも思ってないよ」
「それはわかってるの。私が勝手にモヤモヤしてるだけ……本当にごめんね、もう気にしないから。ほら、朝練間に合わなくなっちゃうよ」
だから行こう、と笑顔を作って見上げる。彼はもう一度困ったように眉を下げた後、「そうだ」と顔を輝かせた。
「チョコ、今くれるかい?」
「え? うん、それはもちろん」
渡すタイミングを完全に逃していたチョコの入った紙袋を差し出すと、彼は大事そうにそれを受け取った。
「開けてもいい?」
「うん」
大きな手で中身を取り出して、丁寧にリボンを解いて赤い箱を開ける。六つの仕切りの中に収まっているのは、彼の喜ぶ顔を想像しながら作ったトリュフチョコレート。佐一くんは、その予想よりもはるかに嬉しそうな顔をして一粒一粒を眺めた。
「すごい、これ手作りだよね? お店のやつみたいだ」
「そんなこと、ないよ」
「もったいなくて食べたくないな」
そう言いながらも、彼は一番右下のアーモンドをデコレーションしたものを手に取るとひょいと口へ運んだ。
「うん。美味しい!」
「よかった」
「これが、俺の今年一番初めのバレンタインチョコ」
にっこりとハチミツ色の瞳が細くなる。私の子供じみたわがままに優しく応えてくれた彼は、「でもやっぱりもったいないから、今は一粒だけにしよう」と言ってまた箱を大事に紙袋へと仕舞った。
「……ありがとう。ガキっぽくて、本当にごめんね」
「なんで? ヤキモチ妬いてくれるんだって、ちょっと嬉しかったよ俺」
「そうなの?」
少しいたずらっぽく笑う彼に、先ほどまで渦巻いていた醜い感情が消されていく。すっかり冷たくなった手を取り合って、朝練に間に合わなくなっちゃうと慌てて駆け出した。
神様って、時々意地悪だと思う。だけど、それでも二人の仲が深まったように感じるから。神様ありがとうなんて、思ったりもした。