これだって、恋だって
流石にこれはあからさま過ぎたかな、と鞄に入れた赤いハートのボックスに改めて思う。手作りなんてキャラじゃないし、きっと失敗するからと端から諦めて購入したチョコレートは、どう見ても本命でしょうと存在を放っている。
問題はタイミング。帰宅部だし、今日はバイトもないと言っていたし、放課後「寄り道でもして帰らない?」と誘えば二言返事でOKが返ってくるだろう。時にゲームセンターへ行き、時に買い食いをして、いつだって私たちはそんな風に過ごしてきたから。
だけど、今日はどうしたって躊躇ってしまう。その言葉に特別な意味を持っているなんて、由竹が察した時の反応を見るのが、ほんの少し怖いのだ。
私と由竹は、いわゆる幼馴染というやつだ。小学校、中学校と一緒に過ごし、学力も似たり寄ったりな私たちはただ一番近いからという理由で同じ高校へと進学した。流石に高校へ上がるとお互いに友人が出来て以前よりは共に過ごす時間が減ったけれど、それでも相変わらずの仲の良さだった。
周りからは「付き合ってるの?」とよく聞かれたけれど、そんな甘い関係では決してなかった。あくまでこれは男女の友情というやつだと思い込んでいた。
ほんの数日前までは。
あれはいつものように一緒に寄り道をして、コンビニで買った肉まんとあんまんを半分ずつ公園でトレードしていた時だ。私と同じクラスの女の子と、由竹と同じクラスらしい男の子が仲睦まじく歩いていく姿が見えた。そういえばクリスマス前に告白したとかされたとか言ってたなぁなんて呑気に考えながら、甘いとしょっぱいを交互に味わっている私の隣で由竹は大きなため息を吐いた。
「いいなぁー俺も彼女欲しいよぉ」
「はは、頑張れ」
口癖のような由竹のその言葉も、いつものように聞き流した。由竹に彼女が出来る未来なんて、なんだか全然想像出来なかった。これからもずっとこうやって二人で過ごしていくような気がしていた。
「そもそも由竹、好きな子とかいないの」
「んー? まあ、いるにはいるけどぉ」
「え、そうなの? 誰だれ」
初耳だったその発言に身を乗り出して聞くけれど、由竹は体をくねくねとさせながら「いやん、教えないよぉー」とはぐらかした。ということは、私の知っている人物なのだろうか。そう思うと、胸がちくりと痛んだ。なぜかはわからないけれど。
「ふーん。その子とはいい感じなの?」
「いい感じだったらこんなところでぼやいてないよ」
「それもそうか」
三分の一ほどに減ったあんまんに齧り付く。先ほどまで口いっぱいに広がった甘さは、不思議と感じなくなっていた。
「ていうかむしろ、脈なさそうすぎて諦めちゃいそうな感じ」
「そうなの?」
「うん。……あー、もう誰でもいいから本命チョコとかくれないかなー。そんで彼女になってくんねーかなー」
「なんだそれ」
早々に食べ終わった彼はブランコへと飛び乗って高く漕ぎ上げた。由竹に彼女が出来たら、きっとこんな風に一緒に帰ることもなくなるんだろうな。それは嫌だな。そう思いながら最後まで残っていた肉まんを頬張ると、一つの結論に至った。
なんだ、じゃあ私が本命チョコ渡して彼女になっちゃえば、これからも今まで通り由竹と一緒にいられるんじゃない?
今までそんな風に見たことなんてなかったのに、その考えは私の中であまりにも自然にすとんと落ちた。胸を焦がすほどの恋心はないけれど、失いたくないこの気持ちだって、きっと恋心の一つなんじゃないかなと思ったのだ。
そう決めてしまえばあとはすぐだった。翌日は放課後由竹と帰らずに一人で遠回りしてチョコレートを選びに行った。色んな種類があって迷ったけれど、結局パッと見て本命だとわかりやすいものにしようとハート型のチョコレートボックスにした。複数の味が入っているチョコレート、一粒くらい私にくれないかななんて呑気な事をその時はまだ考えていた。
だけど、いざ当日を迎えてしまうと、いつどのタイミングで何と切り出せばいいか、ちっともわからなくなっていた。
だって、私たちは今まで男女の意識なんてしたこともない友達だったのだ。ずっとそばにいたいから彼女にしてよ、なんて、もし由竹が「それはちょっと」と難色を示してしまえば今までのものが全て崩れてしまうじゃないか。そこまで考えの至らなかった自分に、私は心底自分の恋愛経験値の低さを呪った。
一日中、そわそわした気分で過ごした。昼休みに渡しに行こうかとも思ったが、人目が気になってやめた。代わりに午後の授業で使う教科書を忘れたふりして借りに行って、「誰かからチョコもらえた?」なんて探りを入れた。もちろん、誰からももらえてないようだったけど。
「そんな由竹に後で私から特製チョコをあげよう」
「よっしゃ! って、今じゃないのぉ?」
「あは、教室に忘れてきちゃったから。じゃあまた放課後ね、教科書もその時返す」
「オッケー」
出来る限りいつも通りを装って、茶化しながら放課後の約束を取り付けて私は足早に教室へ戻った。
もし万が一、本命チョコに難色を示されたら「なーんちゃって!」「どう? 気分だけでも味わえた?」なんて茶化して誤魔化そう。午後の授業中、何度もそんな脳内シミュレーションを繰り返した。
迎えた放課後、由竹の教室へ向かったけれどそこに彼の姿はなかった。クラスメイトの杉元くんが「あー……白石ならいないよ」と気まずそうに教えてくれた。
「そうなんだ。どこ行ったんだろ」
「んー……でもまあ、すぐ戻ってくるとは思うけど」
「そっか。まあいいや、探してみる。ありがと!」
「あ、ちょっと……」
杉元くんが何かを言いかけたけれど、私の足は止まらなかった。由竹が行きそうなところを考えながら、廊下を歩いていく。職員室、学習室、資料室、色々巡るけれど姿は見えなかった。ふと思い立って、この時間は人の少ない進路相談室の近くを通ると話し声が聞こえた。思わず気配を消して近くへと寄ってみると、そこには隣のクラスの女の子と由竹の姿があった。真っ赤な顔をした女の子が、由竹に可愛らしい包みの箱を渡そうとしている。
一足遅かったんだ。そう悟った私の心臓は、痛いくらいに締め付けられた。うまく呼吸が出来ない。どうしよう、由竹に彼女が出来てしまう。もうそばにいられなくなってしまうんだ。そう思うと視界が滲んだ。
だけど耳に届いたのは、想定外の言葉だった。
「すっごい嬉しい、ありがとう。でもごめん、俺好きな子いるんだ」
「……いつも一緒にいる、あの子?」
「ん? んー、へへへ。それは、ノーコメントで」
そっか。そう呟いた彼女は、「でもせっかくだから、これは受け取って」と言って立ち去った。慌てて身を隠した私には、おそらく気付いてなかっただろう。
溢れそうだった涙が止まる。いつも一緒にいるあの子、それってつまり、私のことなんだろうか。由竹の好きな子って、もしかして、まさか。
動けないままでいると、由竹の足音が迫りすぐ近くで止まった。
「え、ちょっ、えぇ? なんでここにいるのぉ!?」
「……ご、めん。あの……」
「……もしかして、今の聞いちゃった?」
あちゃーと頭を抱えた由竹を見上げながら、私はどうしたらいいかわからずに眉を下げた。
「あの、由竹」
「あー……忘れて、って無理だよねぇ。その、俺のことそういう風に見てないのわかってるから、今までと同じように接してくれたら嬉しいんだけど」
「……ごめん、無理」
「……そうだよねぇ」
ヘラヘラと眉を下げて泣きそうになりながら笑う彼に胸がちくりと痛む。「違うの」そう言って私は鞄の中からチョコレートを手に取り差し出した。
「はい、これ。特製チョコレート」
「……え、これ」
「別名、本命チョコレート」
目をまん丸に見開きながら由竹は私とチョコレートを何度も見比べる。そして人差し指を自分に向け「俺、に?」と震える声で確認した。こくりと頷いて「今まで通りと、少し違って接していけたら、いいんだけど」と小さく漏らせば、由竹はその場で大きく飛び上がった。
「ぃやったー!」
「ちょ、由竹、うるさい!」
「やばい俺、今ちょー幸せかも」
今までで見た一番の笑顔を向けられながら、これからも由竹のそばにいられる幸せを、私もじんわりと噛み締めていた。