さかさま坊主、てる坊主

 青と水色をちょうどいい塩梅で混ぜたような、雲ひとつない綺麗な青空だった。
 この色に名前をつけるなら何色と呼ぶのがいいのだろう、そんな事を考えて空を見上げていると、隣で坊主頭の彼が笑った。
「ナマエちゃんはそういう事考えるの、好きだよねぇ」
 彼の言葉を聞きながら、ああこれは夢なのかと気付いてしまった。だって、青空の下で白石の顔なんて、私は見た事ないんだもの。

 夢だと気付くと目が覚めてしまうのは何故なのだろう。明晰夢を見る度に考えてしまう。あのまま夢だと気付かなければ、澄んだ空の下で白石と健康的なデートでも出来たのだろうか。
 ベッドから抜け出してカーテンを開く。先ほどの夢の中とは打って変わって、どんよりとした空模様。空気を入れ替えようと窓を少しだけ開けてみると湿った匂いがした。きっと雨が降るだろう。
 顔を洗い、出かける用事もないのに薄く化粧をして、私は玄関へと向かった。いつもは防犯のためにかけてあるドアチェーンを開けておく。
 それからリビングへと戻って、掃除をした。普段からなるべく綺麗にするよう心がけてはいるが、仕事終わりには疲れ果てて行き届いていない場所もあるから。
 昼を回った頃、ぺたんぺたんと言う足音が外から聞こえて、来たなと思った。ガチャリと鍵の回る音がして、扉が開く。
「やっほー、ナマエちゃんいるぅ?」
「いるよ。いるけど、連絡くらいしてきたら?」
「んー、雨だからいるかなと思ってさ。お昼食べた? 近くで焼き鳥売ってたから買ってきたんだけど食べる?」
「食べる」
「ついでにビールもあるよん」
「気が効くじゃない」
 ガサゴソとビニール袋から缶ビールとパックに入った焼き鳥を取り出して、机に並べていく白石に「先に手を洗いなよ」と言うと「はーい」と子どもみたいに返事をして彼は洗面所へと向かった。
 彼が手を洗っても取ってきても、部屋の中には水音が響く。雨が強くなってきたようだった。

 まだほのかに温かい焼き鳥を頬張って、昼間からビールを煽った。一緒の袋に入れていたせいで、一本目に開けた缶ビールは少しだけぬるかった。
 テレビをつけて適当に流れている番組を見て茶々を入れる。久しぶりだねの言葉もなく、私たちはいつもそうやって、まるでついこの間も会ったかのようにして時間を過ごす。
 カーテンは開けているけれど、天候のせいで今が昼だとは感じなかった。テーブルの上にそれぞれ飲み干した缶ビールが四つ並んだところで、「もう暗くなったしカーテン閉めちゃおうよ」と彼が言う。それを合図にするように、より一層薄暗くなった部屋の中で、私たちはお互いの熱を与えるように体を重ねた。お決まりのパターン。
 雨の音とシーツの擦れる音と、互いの甘く漏れる声。そして、雨の匂いとアルコールの匂い。白石の事を考えるとき、私はいつもそれらばかりを思い出す。

 貪りあった後、シャワーを浴びてまた一本ビールを開けると、彼はカーテンを開けて空を見上げた。雨足は弱まってはいるけれど、まだ降り続いている。相変わらず空は暗かった。時計を見ると、すっかり夜と言っていい時間だった。
「明日も雨かなぁ〜」
「なんか予定あるの?」
「ん、ちょっとねぇ。てるてる坊主でも作ろっかな」
 先ほどうっかり掴みすぎて、必要以上にボックスから出てしまったティッシュを拾い上げ小さく丸めていく。君のせいで今日はティッシュの消費量が多いんだけど、などと思いながら私も真似してティッシュを丸めた。
 いつでも来ていいよと合鍵を渡してはいる。だけど、決まって白石は雨の日だけ私の家に来て、それ以外の日に彼が何をしているのかをイマイチ知らない。友人にその話をしたら首を傾げられた。「彼氏のこと、知りたいと思わないの?」と。だけど、私にとって白石が彼氏なのかすら、私はわからない。合鍵を持たせて、雨の日に会って、体を重ねる。ただそれだけの関係なのだ。
「輪ゴムはここだったよね〜、なんか吊るせるような紐とかある?」
 そう言われて裁縫箱から糸を切って差し出す。ついでに水性ペンで顔を描いて、カーテンレールに結びつけた。
「あー、ナマエちゃんのやつ、頭でっかち。これじゃ逆さまになっちゃうよ」
「まあ、いいじゃん」
「逆さまになったら雨降っちゃうじゃーん」
 だから、それでいいんだよ。その言葉をグッと飲み込みながら、私は無言で不恰好なてるてる坊主を逆さ吊りにした。
 あの夢が正夢になるんだったら、私だってこんな事しないのにね。
 小雨になった空をカーテンの隙間から眺めて、私は頭が下になったてるてる坊主を小さく揺らした。

金カ夢一本勝負「夢」というお題にて。雨の日だけの関係って、なんかロマンチックだなって。ちょっと寂しいけど。
初出・2023/09/09