十五日目「いただきます・火が付く・いいにおい」

 互いに住み慣れた部屋を引き払って、同じ場所へと荷物を運んでいく。これまで住んでいた場所とは少し離れるし少し古くはあるが、それでも理想的な一軒家が私たちの新しい住処だ。
「こんなに素敵なお家、見つかって本当に良かったね」
「そうだな」
 引越し業者が運んでくれた荷物を片付けながら、何度も内見で見たはずの家の中をもう一度探索する。
「おい、片付けが優先だろう」
「はぁい。ふふふ、引っ越しって大変だけど楽しいね」
「まったく」
 やれやれと言った口調の割に口元が緩んでいるところを見るに、基さんだってこの状況が嬉しくて仕方ないのだろうと思う。
「ここが二人の帰ってくる場所になるんだね」
「ああ、そうだな」
「ふふ、嬉しい」
 段ボールを開けては中を片付けて、空になった段ボール箱を畳んではまた別のものを開けては片付けて。そんな事を繰り返していると、あっという間に日が暮れてきた。
「ある程度は片付いたか」
「そうだね」
「明日も休みだし、今日はこの辺にしてとりあえず飯にするか?」
「わ、賛成!」
 引っ越しに合わせて食材を使い切りほとんど何もない状態なので、何か食べに行くか買い物に行くかと悩んでいると、荷物の中からあるものを見つけた。
「ねえ、これ基さんの?」
「ん? ああそうだ」
「七輪なんて基さん持ってるの!?」
「昔何かの景品でもらったんだ。アパートで使うわけにいかないから持ってるだけで使ったことはないけどな。なんだ、どうした?」
「お家で七輪、いいなと思って」
 
 ――幼い頃、お正月に祖母の家で七輪を使って焼かれる餅が好きだった。お正月以外でも、遊びに行けばよく七輪を出して色んなものを焼いてくれた。時には魚だったり、夏場にはバーベキューのようにお肉を焼いてくれたり、焼き芋を作ってくれたり。初孫でありたった一人の孫娘のためにと祖母は毎回張り切って色々と作ってくれた。中学に上がる頃には祖母は他界してしまったけれど、灰になった祖母を見てかつて七輪の炭を必死で焚べてくれた姿を思い出すほどに、私の中で祖母と七輪は強く結びついていた。
 不意に目についた七輪によって祖母に思いを馳せていると、基さんが私の頭を撫で笑った。
「今日は流石に疲れたし、炭も何もないから使えんが。今度七輪使って何か食うか」
「わ! いいね。そういうのも出来ちゃうのが一軒家のいいところだね」
「とりあえず今日は何か別のものを食いに行こう」
「うん、賛成」
 動きやすい格好をしていたのから急いで着替えて、玄関で待つ基さんの元へと駆けていく。彼の車に乗って近くのファミレスでご飯を食べ、明日はお互いどこを担当してどう片付けようなんて話をして。満たされたお腹に程よい疲労感を抱えながら車に再び乗ると、基さんは家とは逆方向へと向かった。
「あれ? こっちじゃないよ?」
「ん。ちょっと買い物をな」
「うん?」
 そう言って着いたのは大型のディスカウントショップだった。食材も豊富に置いてあるこの店で、明日の朝食用にと卵やハムなどをカゴに入れ、それから生鮮コーナーで旬を迎えた秋刀魚を手に取った。最後にレジに並ぶ前に、備長炭の入った箱を一箱と着火剤を。
「え!」
「善は急げだ。明日、しっかりと片付けを済ましてやるぞ」
「やったー!」
 基さんも基さんで楽しみなようで、心なしかワクワクした顔でレジへと並ぶ。普段は落ち着いているのに、なんだかんだとこういう事に付き合ってくれ、楽しんでくれる基さんが大好きだ。
 
 翌日は宣言通り、早くから起きてしっかりと片付けを進めた。昼も簡単なものを適当に食べつつ、あとは細々したものを追々といったところまでになった。
「……ま、こんなもんでしばらくは生活出来るか。細かいところはまた次の休みに頑張ろう」
「だね。……では?」
「夕飯の支度をするか」
「さんせーい!」
 バンザイをしてキッチンへと足を運ぶ。ほとんどのキッチン用品は私の部屋で使っていたものをそのまま持ち込んだが、炊飯器だけはこだわりを持って選んでいた基さんのをそのまま使うことにした。米を研いで炊飯器にセットをしている間に、基さんは七輪と昨日買った炭を庭へと運んでいた。
「小さいけど庭付きの家で本当によかったね」
「そうだな。ちょっとしたバーベーキューも出来そうだ」
「わ、いいな。夏にはそういうのもやりたい。二人だけなら七輪でも十分出来るんじゃない?」
「来年の楽しみが一つ出来たな」
 持っていたはいいものの使ったことがないと基さんは言ったけど、そうは思えないくらいに手際よく七輪に着火剤と炭を並べていく。柄の長い点火用ライターを持って火を起こそうとするがなかなか思うように火が起きず、ネットで検索したり試行錯誤してなんとか火を起こした。
「なるほど、ガスバーナー使うといいんだって」
「そうか。じゃあ次使う時にはそれも買おう」
「何はともあれ火が付いてよかったね」
「ああ、そうだな」
 
 外はすっかり日も暮れて涼しい風が吹いていると言うのに、私たち二人は汗をかいていた。パチパチと音をしながら炎を出す七輪に網を置き、昨夜買った秋刀魚を並べる。
「ご飯ももうすぐ炊けるよ」
「これで焼きおにぎりも美味しそうだな」
「わあ何それ、天才!」
 魚の焼けるいいにおいを嗅ぎながら、火が付いた食欲に更なる燃料が投下され一気に襲われた空腹感にお腹から音がする。
「やだ、お腹鳴っちゃった」
「食いしん坊め」
「基さんに言われたくない」
「お互い様か」
 そんな風に笑い合えば、家の中から炊飯完了の音が聞こえる。目の前の秋刀魚も、あと少しというところだ。
「じゃあ私、ご飯おにぎりにしてくる! そのままでも、焼いても食べれるように!」
「ああ、任せた。こっちは俺に任せろ」
「よろしくです!」
 ビシッと額に手をあて敬礼をし、サンダルを脱いで家に上がる。こんな風にこれから二人の生活が始まるのかとワクワクしながら、私は大きな大きなおにぎりを握った。
 
「お待たせしました」
「こっちもちょうどいい頃合いだ」
「ふふ、それじゃあ食べようか」
「「いただきます」」
 
 これからもこんな風に、楽しくあなたと食卓を囲めますように。二人の始まったばかりの新生活にそんな願いを込めて、私は手を合わせたのだった。