尾形との関係が始まったのは、半年ほど前のことだった。当時付き合っていた彼氏と別れ、涙ぐみながら歩いていたところに偶然会って、たまたまお互い予定が空いていたから飲みに行って話を聞いてもらったのがきっかけだ。
「へぇ、お前らが付き合ってたことすら知らなかったよ」
「まあ短かったしね。同じサークルだったから、周りが気を使うからと思ってわからないように気をつけてた」
「が、結局別れたってわけだ」
「ねえ、失恋して傷心中の傷抉るのやめてくれるっ!?」
「ははぁ、奇遇だな。実は俺も失恋して傷心中なんだ」
「えっ、そうなの?」
「……まあ俺の場合は、告白もする前に終わったようなもんだがな」
グラスを傾けながら言う尾形の顔を眺めて、意外なもんだなぁと思った。学内でも人気のある尾形でも、そんなことがあるものなのか。
「はは、じゃあ失恋したもん同士で慰め合う? なーんて」
「……いいぞ」
「え?」
「いいぞ。一晩飲み明かしても、どこか別のところで別の方法で慰め合っても」
あの時あの提案に乗ったのが、全ての始まりで間違いだったんじゃないかと今でも思う。すでに酔いが回っていたのも手伝って、冷静ではなかった頭で頷き尾形の手を取って、居酒屋を出てホテルへと行った。互いの傷を舐め合うように求め合った。
朝、すっかり酔いの覚めた頭で隣に眠る尾形を見てからは、失恋したはずの元彼のことなんてすっかり忘れて頭の中は尾形のことでいっぱいになってしまった。単純だと笑われるかもしれないけれど。
その日から、定期的に尾形とは飲みに出るようになった。まだ傷は癒えないかと尾形に聞かれ、とっくに癒えて今はあなたで頭がいっぱいなんて言えるわけもなく、「まあね。尾形は?」と聞き返すのが精一杯だった。「俺も、相変わらずだ」と尾形は言い、そうして同じようにまた互いの傷を舐め合った。そんな関係が、不思議なことに半年ほど続いたのだった。
誰かの代わりでもいいから、この人に抱かれていたかった。そんな言い訳を頭の中で繰り返して、私は尾形との関係を続けた。尾形の中に、別の誰かが棲みついていたって、きっと抱く瞬間は少しくらいは私がいるはずなんだからと言い聞かせて。
だけど本当は、それでいいわけがなかった。その瞬間は私のことを一瞬でも思っていても、実際に尾形の心を巣食っているのは別の女なのだと考える時間がたまらなく嫌で仕方がなかった。
その日もいつもと同じように居酒屋へ二人で飲みに出ていた。
「そろそろ、傷は癒えたか」
「ん? ……うん、まあ。そうだね」
流石に、半年以上も引きずってるなんて嘘くさいだろうか。そんな風に思い、曖昧に答える。
「尾形は、どう?」
「……俺も、そろそろ先に進もうかと思ってるところだ」
その言葉に、胸がちくりと痛む。尾形はもう新しい恋を見つけられたのだろうか。いつもとは違い少し満足げな尾形の表情に、喉の奥がひりついて。それを誤魔化すように私はグラスを傾けた。
「ねえ尾形、今日はこの後、どうする?」
いつもであれば店を出てどちらからともなくホテルへと向かっていた。だけど、尾形に新しい恋の相手が出来たのなら話は別だ、だってもう慰め合う必要はなくなるのだから。誰かの代わりにすらなれなくなった自分自身に心が折れるような気持ちになり、泣きたくなったけど必死で押し殺した。なのに、
「なあ」
尾形の大きな手が私の手をそっと握りしめて、ぽつりと尾形は言った。
「そろそろ『あいつの代わり』としてじゃなくて、『俺』に抱かれてくれないか」
「え?」
「……やっぱり俺では駄目か」
「え、何それ、どういう事?」
「なんだお前、本当に気付いてなかったのか」
とっくにわかってると思ったんだがなあと尾形は髪を撫で付けながら言う。尾形の言っている意味がわからないまま、ぽかんと口を開けて尾形を見つめるとそんな私の顔を笑った後に尾形は言う。
「ようやくお前があいつの事を吹っ切れたんなら、あいつの代用品としてじゃなくて俺のものにするために、俺はお前を抱きたいと言ってるんだ」
「え、あの、え、だって尾形は別の誰かが好きで、え、あれ?」
「俺は最初からお前のことしか見てなかったんだがなぁ?」
くつくつと笑う尾形を見て、思わず涙が滲んだ。なんだ、じゃあこの思い悩んだ半年はなんだったんだ。そう思いながら尾形の手を握り返して、私は尾形にこう言った。
「私だって、もうずっと前から誰かの代わりじゃなくて尾形のことしか見てなかったよ」
思いがけない言葉だったようで瞳をキュッと細くした彼を見ながら、私は笑って尾形の胸に飛び込んだ。誰かの代わりじゃなくて、お互いの存在を確かめるように、初めて身も心も繋がった気がした。