「もしかしてお前、まだサンタなんて信じてんのかよ?」
帰り道に雑談をしている中で同級生に笑われた時、なんと言葉を返せばいいのかわからなかった。からかわれた事への恥ずかしさでも、苛立ちでもない。うまく言葉にできない感情をどうしたらいいかわからなくて、「そういうわけじゃ、ないけど」と言うので精一杯だった。
仲良しの友達は「そんなの人の勝手でしょ」とサンタの存在を否定も肯定もしないまま、私を庇うように間に入った。多分彼女も、もうサンタの正体を知っているのだ。
「それじゃ、私こっちだから。また来年ね!」
頑張って笑顔を作って、曲がり角で同級生たちと別れて帰った。いつもより少しだけ多い荷物をギュッと握りしめて、足取りを早めた。
終業式に困らないよう少しずつ荷物を持ち帰ってね。先生からもママからも何度も言われていたから、私はそれに従った。さっき私を笑った同級生は、それを守らずに両手いっぱいに手荷物を抱えていた。
そんなんだから、きっと彼の元へはサンタは来ないだけなんだ。だからきっと、まだサンタが来る私が羨ましいんだ。
意地の悪い考えだとはわかっている。それでもそんな思いで頭をいっぱいにしないと、このモヤモヤは晴れない気がした。
サンタクロースの正体が誰なのかなんて、本当は薄々気付いている。
それでもその事実に見て見ぬふりをしていたのは、無駄にしたくなかったから。
さり気なく欲しいものを聞き出そうとするママと、いつも忙しそうなのにクリスマスには必ず早めに帰ってきて私が寝るまでそわそわしているパパの、二人の努力を。
ランドセルの肩ベルトにつけた鍵を取り出して、ガチャリと扉を開く。いつものように誰もいない家に帰ってきたつもりだったのに、電気がついていて私は少しびっくりした。電気の消し忘れか、それとも誰かが家にいるのかとドギマギしながら靴を脱ぐと洗面所から「おかえり」とママの声が聞こえた。
「ママ、なんでいるの?」
「ん? 今日思ったより仕事が落ち着いてたから、午後は半休にして帰ってきたの。それよりただいまは?」
「あ……ただいま」
「うん、おかえり。お昼ご飯、朝伝えてた通り昨日の残りのカレーでいいよね? あっためるから手を洗っておいで」
「はーい」
自分の部屋に荷物を置いて洗面所で手を洗った。服も着替えてキッチンへ向かうと、カレーの匂いに誘われてお腹がぐうぅと鳴った。
「ふふ、パパのお腹と同じ音」
「パパのほど大きくないよっ!」
サラダを盛り付けながらママはおかしそうに笑う。自分だって、よくお腹が鳴っちゃったと笑っているじゃないか。
「ご飯、ママの分もよそっておいて」
「はーい、これくらい?」
「うん、ありがとう」
お皿にご飯をよそって鍋の近くまで持って行くとママがカレーをかけてくれた。サラダとカレーの皿を両手に持ってテーブルまで運び、二人で向かい合って手を合わせた。平日の昼にこうしてママとご飯を食べるのはなかなかないので、なんだか不思議な気持ちだ。
明日からは数日間日中一人で大丈夫? やっぱり夏休みみたいに学童お願いすればよかったかななんて今更なことをブツブツと話している。学童だってもう年下の子達がほとんどで、四年生より上の子はほとんど通っていない。だから大丈夫だよと何度もした話をもう一度伝えた。
「そうだ。ご飯食べたら、あとでクッキー作ろっか」
「え?」
「ほら、サンタへのお礼のクッキー。今年も作るんでしょ?」
サンタという言葉に、忘れかけていた先ほどの同級生のやりとりを思い出してぎくりとした。ママはまだ、私がサンタを信じていると思っている。
「あー……うん……今年は、いいかな」
「え、そうなの? じゃあ、今年は買ったのにする?」
昔絵本で読んだクリスマスの本に憧れて、私は毎年大きな靴下とお礼のメッセージを添えたクッキーを枕元に置いていた。小学生になってからはママと一緒にクッキーを焼いている。
去年くらいから、薄々サンタの正体はわかっていたけど、それでも作っていた。だけど今年は、なんだかそういう気分にはなれなかった。
うーんとかえーとか歯切れの悪い返事をする私に何かを察したのか、ママはそれ以上は何も言わずに「やっぱり二日目のカレーは美味しいね」なんて笑った。
綺麗に食べ終えたママはお皿を下げながら「クッキーはともかく、お礼のメッセージだけでも書くのはどう? サンタもきっと喜ぶわよ」と言った。私は最後の一口をスプーンで掬って、小さく頷く。
ご飯を食べ終えた私は、自分の部屋に戻って机の引き出しを開けた。数日前、文房具屋さんで見つけてお小遣いで買ったメッセージカードを取り出す。お気に入りのキラキララメが入ったペンで「サンタさんいつもありがとう! よかったら食べてね」と毎年お決まりの言葉を書いたところで、今年はクッキーはいいと先ほど言ったばかりだったことを思い出した。
新しいカードを取り出して、書き直そうかと悩む。いつもありがとうだけでいいかななんて考えながら、私はそのメッセージを読むであろうパパの姿を思い浮かべた。
もちろん赤い服は着てなくて、いつから着ているのかわからないような灰色のスウェットパジャマを着ているパパ。白いふわふわのひげなんかじゃなくて、真っ黒でじょりじょりのひげで、ふっくらしているサンタというよりがっしりしているサンタのパパ。
いつも仕事が大変そうなのに、私との約束はちゃんと守ろうとしてくれて、いつだって優しい私の大好きなパパ。
私やママと同じで、食べる事がとても好きなパパ。思えば、今まで作ったクッキーもいつも食べてくれていたんだろうか。
考えている内に私は、新しいカードじゃなくてさっき書いたばかりのカードをもう一度目の前に置いた。まだ空いているスペースに、小さく文字を追加していく。
書き終えたカードを大事にしまって、私は部屋を出てリビングにいるママに声をかけた。
「ねえママ。あのさ」
「なあに?」
「……クッキーはやっぱり作らない」
「うん、わかった」
「それよりさ、きっとサンタはおにぎりの方が喜ぶと思うから」
だからクリスマスの夜、少しだけ多めにご飯を炊いておいて。私がそう言うとママは目を見開いて、その後顔をしわくちゃにしながら大声で笑った。
「そうね、うちのサンタは、きっとその方が喜ぶわ」
「何か美味しい具ある?」
「多分塩おにぎりでも大喜びよ」
そう言いながらもママは、キッチンへ行って何がいいかしらねなんて探してくれた。さっきまでとモヤモヤした気持ちが、少しだけ晴れていった気がした。
*
クリスマスイブの夜。私は何も言わなかった。娘も特に、いつも通りで過ごした。
例年通りどこかそわそわしている基さんを見ながらにんまりと笑う娘を見ていると、私も自然と笑いが溢れる。
「さーて、今日は早めに寝よっかな」
そんな風にわざとらしく言いながら自分の部屋へ向かった娘に吹き出すのを堪えるのに必死だった。二人とも、ごまかすの下手ねなんて思えるのはどちらの事情もわかっている私だけだ。
基さんが帰ってくる前に二人で握ったおにぎりは、彼がお風呂に入っている間に娘の部屋へと運んでいた。はてさて彼は一体どんな反応をすることやら。
一時間後、そっとプレゼントを娘の部屋に持っていった彼はなかなか戻ってこなかった。ようやく戻ってきた彼の目がほんのりと赤かったこと、少しだけ鼻を啜りながらおにぎりを大事そうに食べていたのは、私の胸だけに秘めておこうと思う。