正直言って、今年のクリスマスは特別なものになるような予感は前々からしていた。
ちょうど今年のクリスマスは週末。仕事納めに向けて繁忙期である月島さんも、イブの日は早く帰れるだろうと言っていた。
ここ数ヶ月携わっていた大きな商談がようやくまとまった、と安心した顔で話してくれた彼は、その後いつもより真剣みを帯びた顔でクリスマスは二日とも予定を空けておいて欲しいと私に伝えた。
結婚も視野に入れてと一緒に住み始めて二年と少し。もしかして口先だけでそんなつもりはないのではと不安に駆られた時期もあったけれど、彼なりに考えてくれていることは最近の言動から感じている。
もしかしたら、もしかするのだろうか。そんな期待を胸に、私はクリスマスに向けて彼へのプレゼントを選び、ついでに自分用に新しいワンピースを買って、指折りその日を待っていた。
待ちに待ったイブの日。仕事終わりに購入したばかりの服へと着替えて、ドキドキして待ち合わせ場所へと向かった。
今までは私が行きたいというお店を提案して予約することが多かった。今年は俺に決めさせてくれという月島さんに任せたから、私はどこに行くのか知らない。もしもがあったら行けないからとちょっとしたパーティーにも行けそうなややフォーマル寄りのワンピースにした。
普段はあまり利用することのない駅の改札を抜ける。月島さんはまだいないようだった。スマホに連絡が入っていないのを確認して、私は壁際に寄って彼が来るのを静かに待った。
一緒に暮らしてからも、お互いの仕事終わりに待ち合わせをして出かけることは時々あった。それでも、普段よりオシャレをして待ち合わせをする機会なんて最近ではほとんどなかったから、特別感があって変に緊張してしまう。
『もうすぐで着く』
そう入ったメッセージを見て、何度も駅の出入り口を確認する。ようやくやって来た彼は、私が見ていた方とは逆の方から歩いてきた。
「すまない、待たせたな」
「ううん、大丈夫。……月島さん、今どっちから来た?」
「ん? あー……ちょっとナマエに気づかなくてな、通り過ぎてしまった」
「ふぅん?」
落ち着かなくてキョロキョロと見渡していたけど、私が気づかなかっただけなのだろうか。ほんの少しの違和感を抱きながらも、行くかという彼の呼び掛けに応じて私は足を進めた。
ここだ、と連れてこられたのはホテル上階のフレンチレストランだった。それも夜景のよく見える、窓際の席。このワンピースにしてきてよかったと心底思った。
「もう、月島さん。こういう場所なら事前に教えててよ。カジュアルな格好で着てたらどうするつもりだったの」
「確かに、気が回らなかったな。悪かった。でも今日の格好、すごく似合ってる。ナマエの雰囲気にも、この場所にも」
「ふふ、ありがとう」
思えば月島さんも普段のスーツではなくて大事な接待の時用の少しいいものを着ていた。朝出かける時間がずれていたから気付かなかった。
用意していたネクタイのプレゼントは、このスーツにきっととてもよく似合うと思う。早く渡したいけれど、今はまだタイミングではない気もする。
そんな事を考えていると、料理が運ばれてきた。飲み物も事前に月島さんがある程度の好みを伝えていたのか、私好みかつ料理に合うワインがコースが進むたびにテーブルへと置かれていった。
「すごい。見た事ない料理もあるけど、全部美味しい」
「俺にはちょっと物足りないけどな」
「確かにね」
周囲に聴かれないようにそんな会話をして小さく笑った。
コースの肉料理まで食べた頃には、お腹も満たされほんのりと酔いが回っていた。窓の外には綺麗な夜景、目の前にはいつもより格好良い愛しい人。幸せな気持ちで満たされていると、ウェイターがそっと近付いてきてもうすぐデザートだが、食後の飲み物はコーヒーか紅茶かと尋ねてきた。二人ともコーヒーを、と答えるとウェイターは頷いた後目の前に置いてあった皿を下げた。
ほろ酔いだった私は気付かなかった。この時ウェイターの後ろにもう一人、人の影があったことに。
にこりと笑ったウェイターが私たちの皿を下げると、気付けば月島さんは大事そうに何かを持っていた。彼の両手で収まる、だけど指輪のケースにしては大きいその箱を私の目の前に差し出す。
それは、十二本の薔薇と赤いリボンで囲まれた、光り輝くダイヤモンドだった。
「ナマエ」
「……っ」
「あー……その……駄目だな。色々考えていたはずなのに、ちっとも格好がつかん」
緊張した面持ちの月島さんは、ほんの少しだけ眉を下げて笑って、それから言った。
「ナマエ。以前話した時から俺の気持ちは変わっていない。好きだ。結婚して、これからも俺のそばにいてくれないか」
「は、い。もちろん。喜んで」
特別な夜になるんじゃないかと予感していた。期待していた。だけど、それでも想像以上に、この瞬間が私には嬉しくて胸がいっぱいになった。
「これ、いつの間に?」
「実は待ち合わせの前に、先に一度ここへ来て預けてたんだ」
そっか、だからあの時、駅とは反対方向から月島さんが現れたんだと納得した。
「内緒で準備してくれたの? 全部一人で?」
「あぁ……いやすまん、本当言うと、鯉登にも少し相談に乗ってもらった」
「うん、そうだろうね。そんな感じがする」
ポロポロと嬉し涙が溢れてくるのが恥ずかしくって、そんな風に少しだけ茶化すような事を言ってしまう。それでも月島さんは嫌な顔一つせずに私の手をそっと握った。
「気に入らなかったか?」
「ううん。月島さんからこんなプロポーズされるなんて、思ってもみなかった」
「少し柄じゃなかったな」
「でも、すごく嬉しかった。ありがとう」
まだ涙が止まらない私の前に、おめでとうございますと先ほどのウェイターが声をかけそっとデザートプレートを並べた。クリスマス用なのだろう、小さなシュークリームやイチゴ、バニラソルベなどでリースを模したそのデザートプレートの真ん中には「I promise to love you forever」と書かれていた。いつだったか、クリスマスリースを作っていた時に永遠の愛という意味もあるのだと教えてくれた彼を思い出す。
「薔薇、すごく綺麗」
「あーぷりなんとかっていう、枯れない花だ」
「ふふ、プリザーブドフラワー、ね。……これ、このダイヤは……?」
真ん中で光り輝くダイヤモンドに恐る恐る触れる。てっきり指輪がはまっているのだと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
「あぁ、それが……その」
バツが悪そうに彼は頭をかきながら俯いた。
「本当は指輪を贈りたかったんだが、ナマエの指輪のサイズを知らなかったと、店で頼む時に気付いたんだ。盲点だった。その時点で、クリスマスに間に合うかギリギリのタイミングでな……」
「そうだったんだ。私も指輪するタイプじゃないから、自分でも知らないや」
「確かに、イメージがないもんな。それで、店の人に聞いたら『最近ではダイヤだけ贈って、後から一緒に作りにくる人もいる。指輪じゃなくてネックレスにすることも可能だ』と言われたんだ」
「へぇ、そんなこともできるんだね」
「もしナマエからOKをもらったら、明日早速一緒に作りに行こうと思っていたんだ。ナマエが使いやすいデザインで、好きなものを作ってもらえたらと思って」
「……そっか」
だから翌日も空けておいてくれと月島さんは言ったのか。色々と考えてくれていたんだなという事が嬉しくて、私はまた涙が溢れてきた。
涙で滲んだ視界の先で、彼が安心したように笑ったのを感じた。「大変だ、アイスクリームが溶けてきたぞ」なんてムードぶち壊しなことを言うもんだから私も笑って、頬を伝った涙をハンカチで拭いてデザートに口をつけた。木苺のソースがかかったバニラソルベは、ほんの少し甘酸っぱくて、だけどとても甘く幸せな味がした。