クリスマスキャロル

「そういえばお前たち、こう言うの興味あるか?」
 残業の続く日々の中、今日の分の業務をなんとか終わらせ帰り支度をしていた私と尾形に月島係長は何かを差し出した。
「なんですか、これ」
「ちょっと行ったところでやっているクリスマスコンサートだ。鶴見部長が取引先からもらったそうなんだが、まだ娘さんが小さいだろう。よかったらと貰ったんだが」
「へぇ、素敵! でもそんなの、係長が奥様と行ったらいいじゃないですか」
 チケットとチラシを差し出す月島係長の薬指には、きらりと指輪が光っている。半年ほど前に結婚したばかりの係長ははにかんだように笑った。ちょっと待って、その笑顔は反則ですよ。またファンを増やす気ですか。まあ今はもうフロアには私たち三人しかいないんですけども。
「ああ、まあ……最初はそうしようかと思ったんだが、ちょっとな」
「奥様、こういうのお好きなんじゃないです? 前クリスマスとかお好きだって言ってましたよね」
 いつぞやお会いした事のある女性の顔を思い浮かべる。二度遭遇したことのあるその女性は、どちらもクリスマスマーケットに行っている時だった。去年もここでお会いしましたねと笑ったのが一年前のこと。まさか二年連続でお互いデート中に鉢合うとは思っていなかった。
 彼女がクリスマスのイベントが好きでな、と確かその時に係長は笑っていた。
「うん。まあ、タイミングが合わなかったんだ。コンサートの日は休日だし、お前たちも普段頑張っているからよかったら使え」
「ははぁ、ありがとうございます」
 黙って隣で聞いていた尾形がヌッと現れ、係長の手からチケットを受け取った。私はチラシを受け取り、日程と時間を確認する。元々その日は尾形とどこかへ行こうかと話していた日だったので、ちょうどよかった。
「ありがとうございます。喜んで行かせていただきますね」
 私がぺこりと頭を下げると、尾形もチケットを見ながら口を開いた。
「奥さん、まだ体調悪いんですか」
「いや、だいぶ落ち着いてきたが長時間コンサートに行くのは不安らしい」
「大変ですなぁ」
「まあ仕方ないさ」
 それじゃあな、と踵を返し月島係長はデスクへと戻ってコートを羽織り、フロアから出て行った。
「俺たちも出るぞ」
「え、あ、うん。え? 係長の奥さん、どこか悪いの?」
「なんだお前は知らなかったのか」
「え、うん。やだ私、もしかして何か無神経なこと言っちゃってた……?」
 電気を消そうとする尾形にあわててついていきながら、私は先ほどの言動を思い返していた。もしかして、入院か何かされているんだろうか。そういわれたら、奥様と行ってはと伝えた時の顔は、何かを言いづらそうにしていたような気もする。
 やってしまった、と抱えた頭を尾形はコツンと小突いた。
「お前がどんな想像しているかは知らんが、そういうのじゃない」
「だって、体調がって」
「……俺から聞いたと言うなよ」
 周囲に誰もいないことを確認した尾形が、少し声をひそめて低い声で呟いた。
「奥さん、おめでただそうだ。少し前までつわりで苦しんでいたらしい」
「え……えっ、えぇっ!? 嘘、そうなの? ていうかなんで尾形は知ってるの?」
「最近の係長、あんなに吸っていた煙草をパタリとやめたからな。どうしたのか聞いたらそう言われた」
「はぁ〜、なるほど? え、うわーそうなんだぁ」
 確かに少し前までは喫煙所で尾形と月島係長が二人並ぶ姿をよく見かけていたのに、最近は見なくなっていた気がする。じわじわと嬉しさが胸を満たしていく。
「やだどうしよう。父親の月島係長めちゃくちゃ想像できない。でも絶対素敵だ」
「他の奴には言うなよ。まだ一部にしか言ってないらしい」
「もちろん、了解」
 親指と人差し指で丸を作り、顔の前に掲げる。だけど次に月島係長を見かけたらニヤニヤしてしまいそうだ。
「はぁ、苦戦してた仕事もなんとかなりそうだし、いい話は聞けたし、コンサートのチケットももらえたし、今日は最高の日かもしれない」
「お前の最高は簡単だな」
「何よぅ」
「それよりそのコンサート、どんな内容なんだ」
「ん? えーっとね」
 先ほど受け取ったチラシに目を落とす。オーケストラコンサートということと日時しか確認していなかったが、普通に手に入れようとするとまあまあいいお値段のするものだった。
「クラシックメインのオーケストラ演奏コンサート、って感じかな」
「そうか」
 クラシックに明るくない私でも、演目を見ればなんとなく脳内にその音楽が流れてくる。この時期には至る所でかかっていて聞き慣れているからだろう。ピンとこない楽曲もきっと聴いてみればこの曲のことだったのかと思うに違いない。
「尾形の中でクリスマスソングって言ったら、どの曲?」
「……わからん」
「えー、あるでしょ色々。私パッと浮かぶのアレだな。クリスマスが今年もやってくる、ってやつ」
「ああ、この時期テレビCMで流れるやつな」
「そうそれ。なんか耳に残っちゃう」
 思わず小声で口ずさむと、お腹がグゥっと鳴った。残業終わりというのは、お腹が空いてしまう。
「ダメだ、チキン食べたくなっちゃった」
「簡単な奴」
「あ、今絶対馬鹿にしたでしょ」
「ははぁ、どうだろうな?」
 緩やかに口角を上げた尾形は、頭を撫で付けながら言う。 
「少し遠回りだが白髭爺さんのところでチキンでも食って帰るか」
「何その言い方。でもいいね!」
 やっぱり今日は最高の日だ。そう言って尾形の手を取ると「本当に簡単な奴」ともう一度小さく呟く。何よぅと思うけれど、重なり合う手を握り返す彼からは、優しい温もりが伝わってきた。

このお話考えている間、脳内ではずっと某チキン屋さんと某おもちゃ屋さんのCMソングが頭の中に流れていました。