大きなくつした

『今日も帰りは遅い? ちょっと相談したいことがあるの』
 定時間近、ナマエからそう連絡が入っていた。少なく見積もって一時間は残業予定だという事を返すと『了解。どのみちムスメが寝てからじゃないと出来ない相談なんだけど。遅くまで無理しないでね』との事だった。
 ムスメへのクリスマスプレゼントはこの間決めたばかりだし、何かあの子に聞かれたくない相談とはなんだろうか。ぼんやりと考えていると、部下から書類のチェックをしてくれと声を掛けられ我に返る。とにかく今は、なるべく早く仕事を片付け帰宅できるように努めようと集中することにした。
 そうして結局予定よりも更に三十分過ぎてからようやく帰路に着くことが出来た。これから帰るとメッセージを送るがなかなか既読はつかない。恐らく二人で風呂に入っている頃なのだろう。寝かしつけの前には帰りつけるだろうか。白い息を吐きながら、急ぎ足で駅へと向かった。

 玄関の扉を開けると、やはりちょうど二人が寝室へ入るタイミングだったようだ。おかえりなさいと娘が満面の笑みで駆け寄ってきて足元に絡み付いた。
「パパ、パパあのね、きょうね、くちしたかったの!」
「くち……?」
「靴下ね」
「あぁ」
 ふふふ〜と嬉しそうな娘とは対照的に、困ったように苦笑いするナマエが寝室の前で立っている。
「ごめん、とりあえず寝かせてくるから、先にお風呂に入っててくれる?」
「あぁ。なんだったら、飯も適当に温めて食べるから気にするな」
「パパ、おやすみー!」
 スーツを脱いで風呂場へと向かう。蓋をしていても浴槽の湯が冷めるのは早い。娘が寝付くのにはもう少し時間がかかるだろうからと追い焚きボタンを押してゆっくりと湯へ浸かった。今日の疲れが少しほぐれていく。
 うっかり風呂の中で寝てしまいそうになり、流石に上がるかと思っていると脱衣所に気配があった。「あの子寝たよ。ご飯の用意してるからね」そう彼女の声が聞こえたので、ザバッと湯から上がった。
 風呂掃除まで済ませて着替えを終えると、いい匂いが鼻と腹を刺激した。すっかりテーブルの上に並んだ食事に「いつもありがとう」と言うと、彼女はにこりと笑った後俺の前の席へと腰掛けた。
「それでなんだ、相談したいことって」
「うん……あの子のクリスマスプレゼントの件なんだけど」
「あぁ。なんだ、朝やってるアニメの変身グッズにするんじゃなかったのか。もしかして売り切れだったのか?」
「ううん、それは大丈夫。でもあれって、意外と箱が小さいみたいで」
「別に構わないだろう」
「それがね……」
 彼女は小さくため息をつくと、どこからか大きな赤い布を持ってきた。
「これ」
「なんだそれ」
「靴下」
「靴下?」
 布を広げると、それは確かに靴下だった。人が履く用途のものではない。フェルトで出来た、小さな子供くらいなら入りそうなサイズの大きな靴下だった。
「保育園でクリスマスの絵本を読んだみたいなんだけど、枕元に大きな靴下とサンタへのお礼のクッキーを置いていたらしくて。それを真似したいって言うの」
「そうか。まあ、別にいいんじゃないか?」
「それがね、なんて言ったと思う? あの子。『今までうちには大きな靴下がなかったから、小さいプレゼントしか来なかったんだ!』ですって」
 確かに例年、あまり大きなおもちゃを贈ってはいなかった。それは単純に、あの子の好きそうなものを選ぶとそうなったというだけなのだが、娘なりに少し不服だったのだろうか。
「大きな靴下があれば、プレゼントも大きいもの入れてもらえるんじゃないかって」
「それで早速準備させられたわけか」
「今時の百均ってすごいのね。こんなものまで売ってるのよ」
 娘の保育園からの帰り道には小さい百均が入ったスーパーがある。恐らくそこで買い物中に、目ざとく娘が見つけたのだろう。
「でね。あの子の言動見てたら予定してたプレゼントでいいのかなって思えてきて」
「まあ、確かになあ。でもムスメが前々から欲しがってたんだろう? その変身グッズは」
「そうなのよね。どうしようか」
「うーん」
 他のあの子が欲しがっていたものや今後のことなども考えを巡らせ、俺は口を開く。
「予定通りでいいんじゃないか。そうしないと来年以降も同じことになるぞ」
「まあ、それはそうね」
「でもたった一つそれだけがポツンと靴下に入ってるのも寂しいだろうから、追加で絵本でも買うか」
「まあ、それなら。でももっともっとって欲張らないかしら」
「その時はまた考えよう」
 味噌汁の最後の一口を啜り、俺はかちゃかちゃと食器を片付ける。ナマエはまだ何か考え込んでいる様子だったが、俺が皿を洗い終わる頃には納得したような顔をしていた。
「相談に乗ってくれてありがとう」
「これくらいお安い御用だ」
「あ、それとね。お礼のクッキーも作りたいんだって。どんなのがいい?」
「なんで俺に聞く」
「だって我が家のサンタはあなたじゃない」
 そう言って笑うナマエに、なんでもいいよと答える。どんなにシンプルなものでも、失敗して焦げたものだとしても、俺にとっては幸せの味に違いないのだから。

クリスマスカードのお話の時に出てきた月島家の伝統はここから始まっています。