雪だるま

 目が覚めた瞬間、嫌な予感がして飛び起きた。慌ててトイレへと走ると、予感は的中していた。
 まあ、まだ微量でよかったとため息をつきながら脱衣所へ移動し、赤黒いシミのついた下着を脱ぎ捨てサニタリーショーツへと履き替えた。
 いつもより数日ほど早く訪れたから、完全に油断していた。そういえばそろそろ生理用品も買い足しておかないといけないんじゃなかっただろうか。ついでに薬箱を確認すると鎮痛剤も残り二錠しかなかった。思い出した時に買っておかないと、数日後や来月の私が痛い目を見てしまう。
 着替えを済ませ外を眺めると、昨夜から降り始めた雪が少しだけ積もっていた。地元とは違い雪の降る量も積もる量も全く違うこの土地では、嬉しそうに目を輝かせた子供達が嬉々として歩いていく姿が見える。
 またこの後も降るかもしれないし、今のうちに近くのドラッグストアにだけ行ってこようか。そう思って私は簡単に出かける準備をし、基さんの部屋を小さくノックした。
「基さーん、私ちょっとお買い物行ってくるねー」
 最近恋人ではなく婚約者になった基さんへと、そう声をかける。一緒に住んではいるが、未だお互い部屋は分けて暮らしている。主に基さんの仕事が遅くなることが多く、逆に私の朝が早いことが多いから寝室を分けているのだ。元々私が友人とルームシェアしていた家に、友人が引っ越す際入れ替わりで基さんと同棲を始めたからその名残で、というのもあるけど。
 返ってこない返事にまだ寝ているのだろうと判断して玄関へと向かう。滑らないように靴を考えていると、カチャッと扉が開く音がしたので振り向いた。
「どこまで行くんだ」
「あ、ごめん起こしちゃった。ドラッグストアまで行ってくる」
「どうした」
「んー……ちょっとね、アレが来ちゃいまして」
 お腹をポンポンと叩きながら伝えると、すぐさま伝わったようだった。彼は「俺も買いたいものがあるから、少し待ってろ」と言って洗面所へ向かう。
「私一緒に買ってくるよ?」
「ん、いやいい。一緒に行く」
 仕方なく踵を返して洗面所へ行くと、基さんは顔を洗って歯を磨き、髭をサッと剃って整えた。鏡越しに目が合うと「そんなに見ても何も面白くないぞ」と笑われた。寝ぼけ眼で無精髭を生やした彼が、ものの五分十分でいつものシャキッとした顔になる過程が、私は好きなのだ。そんなこと言っても、「それの何が面白いんだ」と首を傾げるだろうから言わないけど。

 私と違って彼が出かける準備をする時間はとても短い。あっという間に支度を終えた基さんがダウンジャケットを羽織ると、二人で玄関を出た。雪がまた少しちらつく。ドラッグストアまでの道のりにある公園では、子供達が雪をかき集めて雪だるまを作っていた。
「地元だったら、もっと大きなの作れるのにね。こっちじゃ小さいのになっちゃうね」
「そうだな。……お腹、痛くないか?」
「うん、今はまだ平気」
「今夜出かける予定、やめておくか」
「ううん、大丈夫! 多少は薬でどうにかなるし。それより明日の仕事の方が憂鬱」
「そうか」
 いつものように気遣ってくれる基さんが嬉しくもあり、少しだけ寂しく感じるのは、どこかに期待していた自分がいるからかもしれない。
「生理、来ちゃった」
「ん? うん」
「大丈夫な日ってわかってたけど、でももしかして……ってちょっとだけ思ってたんだよね」
 私がぽつりとそう言うと、基さんは「そうか」とだけ呟いた。
 今まで私たちは、避妊を欠かしたことはなかった。基さんは真面目な人だから、きちんと結婚してからと考えてくれているんだと思う。だけど一度だけ、プロポーズをされた日。喜びと幸福感とほんの少しお酒の勢いが手伝って、初めて避妊具をつけずに行為をした。
 その数日後には出血があったものの、終わるまでの期間も量もいつもと違うそれに、違和感を覚えていた。調べてみると同じ状況で妊娠していたパターンの体験談を読み、もしかしてと少しばかり考えていた。
 いつか子供が欲しいと、ずっと思っていた。だからもしもが起きても私としては構わなかった。
 だけど、基さんはがっかりする素振りも安心する素振りも、何も見せなかった。当然のことだ。ここひと月ほど抱いていた気持ちを、私は彼に伝えてはいないのだから。

 ドラッグストアに着いて私が目的のものを手に取りレジへ向かう。生理用品だから自分一人で会計したいと私が言ったので、それぞれタイミングをずらしたのだ。
 しばらく待つと基さんもレジへと並んだ。手に持つ見慣れた小さな箱に、やはりまだまだ基さんは子供を望んでいないことを悟る。そっか、彼の部屋に置いてある避妊具も、残りが少なくなっていたんだった。買いたいものってそれだったんだな。そりゃあ、私には頼まないね。
 何食わぬ顔して店の出入り口で合流して、また来た道を歩きだした。先ほどまではしゃいでいた子供たちは、もう家へと帰ってしまったらしい。
「見て、可愛い雪だるま」
 公園には雪だるまが二つ並んでいた。大きなサイズと、途中で力尽きたのか少し小さめのサイズのもの。
「私も作っちゃお」
「お腹冷やすとよくないんじゃないか」
「少しくらいなら大丈夫」
 敷地内に入って小さな雪玉を二つ作る。本当はもう少し転がして大きくしたいけど、子供たちが踏み荒らしていてもう固まってしまっている。
 先客の作った雪だるまたちの間に、作ったばかりの子をそっと置く。まるで三人親子のような雪だるまに、いつか私のところにもこうやって家族が増えたらいいなと、心の隅で思っていた。

次の話はこの話と対になっています。捏造設定ありです。