世界は奇跡で満ちている

 この国では、この季節だけきっと電気代がバカにならないんだろうなと不意に思う。まださほど遅くない時間だというのにすっかり日が暮れるのは早くなり、それと反比例して街中はきらきらと輝きを放っていた。綺麗なんだけど、すぐ余計なこと気にしちゃうのが私の悪い癖だなと思わず白い息を吐く。
「やっほー。あれ、ナマエちゃん一人?」
「白石くん。うん、杉元くんとアシㇼパちゃんは少し遅れるってさ」
「ありゃ、本当だメッセージきてた」
 暖かそうな濃い紫色のダウンジャケットのポケットに手を突っ込んでいた彼は、ジーンズの後ろポケットからスマホを取り出して確認した後キョロキョロと辺りを見渡した。
「二人まだちょっとかかりそうだし、暖かいところで待ってようか」
「え、でも」
「だってこんなところで待ってたら風邪引いちゃうぜ〜?」
 まあそれもそうか。手袋を忘れたせいで冷え切った手を温めるようにさすりながら頷く。お茶をするほどの時間はないだろうから、近くの店でもウィンドウショッピングしようかと歩き出したところで、キッチンカーが停まっているのが目に入った。
「ん、なんか美味しそうな匂いする」
「へ〜ワッフル屋さん? うまそうだね」
「気になるけど、この後ご飯だしなぁ〜」
 四種類ほどのワッフルのメニューを眺めると思わずお腹が鳴りそうになるが、この後四人でご飯を食べに行く予定にしているのだ。以前から気になっていたお店でみんなで色々頼んでシェアしようと話していたので、少しでも胃の中は空けておきたい。
「あ、ねえナマエちゃん。ホットチョコレートあるってよ」
「この匂いの元はそっちか〜!」
「寒いし、これ買って待っておく?」
 これくらいなら確かにお腹がそう膨れることはないだろう。キッチンカーの窓から顔を出すお兄さんにホットチョコレートを頼むと「今日はカップルデーだから、二つ頼んだお客さんは合計金額から100円引きだよ〜」と晴れやかな笑顔を向けられた。
「か……っ」
「やった、ラッキー! じゃあそれで!」
 お兄さんに負けないくらいの笑顔で返す白石くんにちょっと、と言ったけれど、まあいいじゃんとウインクで返された。
「じゃあお二人がカップルだという証拠お願いしまーす」
「しょ、証拠!?」
 多分どのお客さんにもこういうノリなのだろう。冗談半分で言いながらレジを叩くお兄さんに見せるように、白石くんは私の手を取って恋人繋ぎをしてみせた。
「こういうのでもオッケー?」
「はは、お兄さんノリいいですねーもちろん大丈夫です。じゃあ二つで800円のところ、700円ね。準備してきますね〜」
 そう言って木製のコイントレーを差し出した後、車の奥へとお兄さんが消えていく。繋いだ手はパッと離され、財布を取り出そうとしていた。あまりに一瞬のことだったのに、先程まで冷え切っていた手が片方だけ熱を帯びていく。
「……びっくりした」
「あ、ごめんねぇ? 手、嫌だった?」
「いや、別にそういうわけじゃないけどさ」
 そういうわけじゃない。だけど、あまりに躊躇いもなく、そして平然としている白石くんに誰とでもこんな感じなんだろうなと思うとなんだか面白くなかった。ドキドキしているのは自分だけのようで。
「はい、お待たせ。ホットチョコレート二つね〜」
「んー、美味しそー!」
「お金もちょうどね、ありがとうございました〜」
 そう言われて、自分の分を出してなかったと気付く。お金を出そうとする私に、白石くんは「はい」とカップを差し出した。
「ごめん、私お金」
「いいからいいから。それよりこれあっちーから気をつけて持った方がいいよ」
「え、でも」
 いつもお金ない、お金貸して、なんて言ってる白石くんがこんな事言うなんて。目を丸くしながらもホットチョコレートを受け取ると、白石くんははにかみながら言った。
「ほら、今はカップルだからさ。今日だけは特別ってことで」
 そうやって冗談っぽく笑った白石くんの目が思ったよりも泳いでいたし頬は赤くなっていて、私は思わず吹き出した。なーんだ白石くんだって、ちょっとはドキドキしてくれてたんじゃん。
 
――きらきらと輝く・手を取って・今日だけは特別

このお兄さんは房太郎ですか?とご感想もらったことがあります。ちょっと意識していますが、別人かもしれません。ご想像にお任せします。