少しずつ近付く距離
火曜日。仕事終わりにメイクを整え直してから、ゆっくりと自宅方面へと向かう。月島さんからの連絡が入っていないかとスマホを何度も確認し、もしかして一度家に帰った方がいいだろうかと悩んでいるとブブッと掌の中でスマホが震えた。『今終わりましたので、いつものコンビニへと向かいます』たった一行のメッセージだけで、私の頬はだらしなく緩んでしまっていた。
昨夜やっと月島さんと連絡先の交換をし、帰宅後に二、三通のやり取りをして眠りについた。近所の食事場所の候補をいくつかあげると、その中の串カツ屋さんに行きたいとの事だったので本日はそこの店へと向かう事にしていた。
一足先にコンビニに到着して月島さんを待つ。ここ最近は月島さんに待ってもらう事が続いていたので、久しぶりに月島さんを待つ側に戻った事になんだか可笑しな気分になる。そんな事を考えていると、少し早足で月島さんが現れた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ全然。そんなに急がなくてもよかったのに」
「歩いていたら、ミョウジさんの姿が見えたものですから」
「ふふ、ありがとうございます」
スーツのネクタイを緩めながら、少し汗ばんだその姿が妙に嬉しくなる。私の為に小走りで来てくれたのかなんて自惚れてしまいたくなった。
目当ての串カツ屋さんに入り、メニューに目を通す。ここのお店は食べ放題メニューもあるのでそれにしましょうと勧め、それからビールを注文した。
「今日はどれくらい食べるのか楽しみです」
「はは、がっかりされんよう気をつけます」
「そんながっかりなんて。食べたい量を食べれるだけ美味しく食べて下さいね?」
「はい、ありがとうございます」
今まではテーブル席で向かい合ってのご飯ばかりだったが、今日の串カツ屋さんは揚げたてをそのまま提供しやすいようにとカウンターの席しかない。その為隣同士で座り、いつもより距離の近い月島さんにソワソワしてしまう。
すぐに提供されたビールで乾杯をし、落ち着かない気持ちを誤魔化すように喉に流し込む。お互いに気になる串を紙に書いていき、店員に渡してからお通しの塩ダレキャベツを口に運ぶ。
「こんな所に串カツ屋があったとは知りませんでした」
「この辺はあまりないですもんね。ここの店長さんが昔大阪にいらしたとかで、すごく美味しいですよ。まあ、私大阪行った事ないので本場の味を知らないんですけど」
「ふ、そうなんですね」
そう言いながら月島さんは、ソース二度漬け禁止の注意書きなどを興味深そうにまじまじと見ていた。もしかしたら月島さんも本場の味は知らないのかもしれない。
その日も月島さんは、気持ちがいいくらいにぱくぱくと串カツを食べて行った。豚や牛やハムカツなどのお肉系からエビや白身魚などの海鮮系、定番の野菜たちもバランスよく頼んでは消えていく串カツたち。どんどん増えていく串入れの中身に思わず笑ってしまうほどだった。
「ふふ、やっぱりすごいですね。思った通りです」
「がっかりされなかったようでよかったです」
三杯目のビールが空く頃には月島さんもお腹が膨れてきたようでやっとペースが落ちる。締めにご飯でも食べますか? と冗談混じりに声を掛けると、いいですねぇとメニューの中からおにぎりを確認している姿にまた笑ってしまった。
そうこうしているとラストオーダーの時間になり、私はデザートのアイスを、月島さんは小さめのおにぎりを一つ頼む。ほんのりとお酒が入った体に甘くて冷たいアイスが熱をじんわりと冷ましていく。
「今日もお付き合いいただきありがとうございます」
「こちらこそです」
「……そろそろ出ましょうか」
お互いの皿もグラスも空いたのを確認して、会計を行う。今日こそは割り勘でと言う私に、昨日出して頂いたんでと月島さんが会計を済ませてしまう。
「結局また奢ってもらっちゃって……すみません」
店を出てからぺこりと月島さんに頭を下げると、気にしないでくださいとにこやかに笑う。部下と食事に行くことも多いと言っていた月島さんは、普段からこうやってさらりと会計をしているのかもしれない。だけど、私は月島さんの部下ではないのだからやはり申し訳ない。
その気持ちがきっと顔に出ていたのだろう。いつものようにコンビニへと足を運びながら月島さんが目に止まったお店の前で口を開く。
「ここのお店は行ったことあるんですか」
「え、いやないですね。少し前に出来たお店みたいで」
「じゃあ、明日はここにして、ミョウジさんからご馳走していだけますか」
「えっ」
真新しい洋食屋を指差しながら月島さんはさらりとそう言う。店先に出ている手書きの看板を見た感じでは、綺麗な店構えの割にそんなに高い店ではない。気を遣わせない為にそう言ってくれたんだろう。それよりも、当たり前のように明日も一緒に食事に行くような口振りに嬉しくもあり少し戸惑ってしまう。月島さんはそんな私を見て、はっと口元を手で隠して顔を逸らす。
「……あ、失礼しました。つい、明日もなんて言ってしまって」
「いえ全然! 私、明日も空いてますんで!」
「連日でご迷惑じゃないですか?」
「むしろ大歓迎です!」
慌ててそう言うと月島さんはホッとしたように笑った。
あっという間にいつものコンビニへと辿り着く。名残惜しさもあるけれど、明日もまた会えるのだと思いながらそれではと頭を下げる。
「ではまた明日。なるべく早く仕事を終わらせて連絡するので」
「はい」
「酒も入ってるのでお気をつけて。一応夜道で心配なので、家に着いたら連絡をくれますか」
「あ、はい」
「では、おやすみなさい」
少しだけ。ほんの少しだけだけれど、いつもよりもほんのりと砕けた口調の月島さんに、また一つ距離が近づいたようで胸がキュッとなる。なんだか駆け出したい気持ちになって、いつもよりもほんの少しだけ早歩きをして家へ帰った。帰宅しましたというメッセージを入れれば『よかったです。おやすみなさい』とだけ返信がきた。
先程別れ際に彼の口から発せられたおやすみなさいがなぜかやけに耳に残って、シャワーを浴びベッドに潜り込んだ後も何度も反芻させた。おやすみなさい、月島さん。そう月島さんの顔を思い浮かべながら心の中で呟いて、幸せな気持ちで満たされながら眠りについた。