ある日の昼下がり
『尾形さん、助けてください!』
そんなメッセージが入るものだから何事かと慌てて電話をして聞けば、学内に連れ込んだペットが木の上から降りられなくなったと泣きそうな声の女が言うのだから拍子抜けしてしまう。場所はどこかと聞きだし、用務室から脚立を借りてその場所へ向かうと、手を伸ばしながらオロオロと木の上を見上げるそいつの姿があった。
「何やってるんだ、まったく」
「お、尾形さーん! フォゼ尾ちゃんがどうしてもついて行くって言うから連れてきたら……」
「これが例の最近飼い出したやつか」
「そうなんです! 可愛いでしょう? 尾形さんにも見せたくて、今日は一コマしか授業がないしと思ったら逃げ出しちゃってその上こんな事に……」
「ったく」
そもそも大学に連れて来るなとか授業中はどうしてたんだとか突っ込みたいところは色々あるが、まずは木の上で震えているこいつを助け出すのが先だろう。借りてきた脚立を見せると「これでフォゼ尾ちゃん救出作戦ですね! 私が登ります!」と腕まくりをし始めた女に、一応スカートだからやめておけと制止する。下で支えるよう指示をして、立てかけた脚立に登りフォゼ尾と呼ばれた小動物に手を伸ばす。ぷるぷると震えながら力なくぷみゃ……と鳴くこいつは、初対面の俺を警戒しているのかなかなか近寄って来ない。下で緊張した面持ちで見守る女に「おい、安心させるよう声を掛けろ」と指示する。
「フォゼ尾ちゃーん! 大丈夫よ! 尾形さんが助けてくれるからねー! こわくないよー!」
「みゃう……」
「もう一声」
「尾形さんは優しくて頼りになる人だからね! 大丈夫よ! 尾形さんの手に乗って降りておいでー!」
優しくて頼りになる、という言葉に存外気分がよくなる。にやりと笑いながら、ほら飼い主もそう言ってるぞとフォゼ尾に手を伸ばす。そろそろとこちらに近寄った後、ええい!とでも言うかのようにフォゼ尾が自分の手に飛び乗ってくる。勢いが強い。体は小さいのに思ったより力強く飛び乗ってくるその小動物に思わず体のバランスを崩す。下で脚立を支えていたはずの女も「あ!」と叫んだかと思うと、ゆっくりと重力に逆らえず体が落ちていくのを感じた。
打ち付けられた背中には痛みを感じながら、顔の辺りは柔らかい感触を感じる。なあ、こういう時のお約束ってやつは、女の胸なり脚なり尻なりと、そいつの柔らかい部分を感じるもんじゃないのか? 悲しいかな、俺の顔に感じる柔らかさは同時にふさふさの毛の存在も感じさせるものだった。ぷみゃぷみゃあ! と間抜けそうな声がその柔らかい塊から聞こえる。おい、まさか尻を乗せてるわけじゃないよな?
のそりと体を起こすと、目に涙を浮かべた女が抱きついてきた。
「おが、尾形さああん大丈夫ですかあ」
「少し背中を打っただけだ」
「すみません、ありがとうございます! フォゼ尾ちゃんも無事でよかったよぉ!」
お約束展開はなかったが、こいつに怪我がなくてよかったと思いながら、柔らかな彼女をそっと抱き寄せた。
初出・2022/09/24