サプライズ大作戦 彼の場合

 正直言って、女に困ったことはこれまでなかった。
 
 いくつの頃からかは覚えてないが、周りが彼氏だ彼女だと恋愛に色めくようになってからは、不思議と彼女が途絶える事はなかった。恋人が常に欲しいと思っているわけではないが、アプローチをされその時に他に彼女がいなければそのまま付き合う、という感じだった。
 ただ、彼女が途絶えた事はないが続いたこともなかった。当然と言えば当然である。こちらには別にその女に特に思い入れもないのだから。向こうが勝手に好きになって告白してきて付き合って、百之助って私のこと全然好きじゃないよねと言って去っていく。大抵の女達とは次の季節へと移り変わる前にそうして終わっていった。
 その度に「またか」と小さくため息をついた。やはり俺は愛情を知らない祝福されていない人間なのだ。だからきっと、こうやって誰のことをも愛せないままなのだと思っていた。
 
 だけど、この女は違った。
 もう少しで付き合って半年という、俺の中での最長記録を更新した女の寝顔を見てそっと頭を撫で、もう一度目を瞑る。
 
 出会いはなんてことなかった。「たまには飲みに行こう、奢るぜ」と同僚に誘われ騙し討ちで連れて行かれた合コン会場に、彼女はいた。適当に飲み食いし女達をあしらっていると、端の席に座り黙々と料理を食べ進める彼女が、不思議と目に入った。
 ちょうど彼女の目の前に座っていた俺の同僚は、違う女が目当てだったらしい。トイレに立ったタイミングで席を替われと言えば喜んで交代した。
 ただ単純に、この女の前であればそう煩わしくもなく落ち着いて飯が食えるだろう。それくらいの感覚だった。だが、食事をしながら少し会話をしてみると、思っていたよりも彼女との会話は楽しかった。何より、食事をする所作がそこにいた女達の中で一番綺麗だった。他の女達が自分をよく見せようと話したり料理を取り分けたりしている中で、そういった媚びる行為はせずしっかりと飯を食べながらも綺麗に食べ進める彼女がなんとなく心に残った。
 いつも連絡先は聞かれる側だった俺が、珍しく自分から「今度食事にでも行かないか」と誘い連絡先を聞き出した。その行動に一番驚いていたのは、同僚ではなく、紛れもなく自分自身だった。
 
 それから何度か食事に行った。どこに連れて行っても美味しそうに飯を頬張り、そして綺麗に食べ進める彼女と会うのを楽しみにしている自分がいた。彼女との食事の時間も、他愛ない会話も、無言で過ごす時間さえ、俺にとっては心地よかった。
 何度目かのある日、不意に彼女は言った。
「こんなに尾形さんと過ごしていて、彼女さんに怒られないですか?」
「……どういう意味だ?」
「この間の合コンに一緒にいた子から聞いたの。尾形さんいつも彼女がいて、今もいるんじゃないって」
「……あぁ」
 あの飲み会の後、一人だけ何度も執拗に連絡をよこす女がいた。全く好みではない女だった為、あまりのしつこさに「女には困ってない」とだけ返信をしたはずだ。その女が彼女と俺との仲を知ってか知らずか愚痴でもこぼしたのかもしれない。
「生憎、今は彼女がいない」
「そうなんですか」
 彼女の瞳が一瞬安心に包まれたのを、俺は見逃さなかった。頬杖をついて見つめると、彼女は頬を染め俯く。
「俺に彼女がいるかどうか気になったのか?」
「……そりゃ、まあ。修羅場に巻き込まれたくはないですし」
「ほう」
 彼女はモジモジと指先を弄んだ。
「確かにこれまで女が途絶えた事はほとんどないな」
「……ふうん」
 面白くなさそうに呟く彼女に反して、俺の口角は緩やかに弧を描いた。
「だがしばらく彼女を作る気はない」
「そう、なんですか?」
「ああ。、付き合うつもりはない」
 その言葉に、彼女は真意を探るようにおずおずと顔を上げる。しっかりと目を合わせた後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「揶揄ってるつもりなら、やめてください」
「ははぁ、そんなつもりはないんだがなぁ? 流石に傷付いたよ」
「……ごめんなさい」
「冗談だ。傷付いてはない。だけど、揶揄っているつもりもない」
 彼女は、目を伏せじっくりと考えた後、はにかんだように笑いながら、「こんな食いしん坊でよければ、彼女にしてくれますか?」と言った。
 それは夏の、やけに暑い夜だった。お互い汗が滲んでいるにも関わらず、その夜初めて俺たちは手を繋いで歩いた。明日も休みの金曜の夜。今までであれば、そのまま涼しい場所へ行きもっと汗をかくような事をしただろうが、彼女からはそんな素振りもなかったのでいつも通り駅まで送り届け別れた。
 
 この女となら、今までとは違った関係を築けるかもしれない。何故だかそんな予感がしていた。
 
 その予感は正しかったようで、彼女と過ごす日々は落ち着いたものであった。やれあそこに行きたいあれがしたいこれが欲しいと言っては愛情が足りないと去ってきた女達と違って、彼女は穏やかな女だった。彼女が行きたいという場所は、SNSで映えるからという理由ではなく俺や彼女が楽しめそうだと考えたり、口コミを見て美味しそうだと思ったりした場所だった。実際のところ、彼女のそれにハズレはなかった。いつしか俺も彼女を喜ばせたいと思い、流行りのデートスポットや飲食店の情報を欠かさずチェックするようになった。
 こんな風に思うのは、初めての事だった。
 
 冷え込む朝を迎え、横で眠る彼女を湯たんぽ代わりに抱き締めると、寝ぼけながらも彼女は頬擦りするように俺に身を寄せた。そんな姿がたまらなく愛おしくて、自分にもこんな感情があったのかと驚いてしまう。こんな気持ちを教えてくれた事への感謝も込めて、彼女に何かをしたいとふと思った。
 とは言え、何をすればいいだろうと考えていると、枕元に置かれた時計が目に入った。今日の日付も記したそのデジタル時計を見て、二週間後の日曜が付き合い始めて半年の記念日だという事に気付く。
 二週間前のクリスマスは、生憎急な出張が入ってしまい二人で過ごす事が出来なかった。彼女と過ごすようになって初めての恋人らしいイベントを、仕事でダメにした事に少しの罪悪感があった。だが、半年の記念日ならば特別な日として何か出来るのではないだろうか?
 彼女の体温によってゆっくりと襲ってくる二度寝の誘惑に耐えながら、ぼんやりと俺は数週間前に考えていたデートプランを思い出していた。あのレストランならば、彼女もきっと喜ぶだろう。確か近くには彼女が気になっていた展示会会場もあるはずだ。クリスマスにはプレゼントも満足に選べなかったので、もっと彼女が喜びそうなものを探そう。
 誘惑に抗えずゆうるりと眠りにつきながらそんな事を考えていた。
 
 彼女との幸せな週末を終えてからは、早速目星をつけていたレストランについて再度調べた。記念日向けのコースもある事をホームページで確認し、二週間後の週末にはまだ空きがあったので、そのまま予約を入れた。口コミはいいが格調が高いわけでもない、比較的カジュアルなレストラン。これなら普段通りの彼女でも問題なく入りやすい店だ。写真を見た感じ、彼女はきっと気に入るだろう。
 ふと世の恋人たちは記念日にどんな事をしているのだろうと気になり、「恋人 記念日」と検索をかけた。普段とは違う特別なデートやプレゼント、他には家をバルーンやガーランドなどで飾ってお祝いをするといった内容が書かれた記事が目に入る。
 SNS映えを意識するようなタイプではないが、可愛いもの好きな彼女はこういうのは好きかもしれないと早速バルーンセットを注文した。前日の内から用意をして、ディナーから帰って飾り付けされた部屋に招かれた彼女はどんな顔をするだろうか。
 初めて企てるサプライズ計画。それに対する彼女の反応を想像しながら、次はプレゼントについて考えを巡らせていた。
 
 次の週末も、彼女とは俺の家で過ごした。ここのところ俺の家に来ることが続いていた為、来週もきっとそうだろうと思いつつ念の為彼女に告げる。
「来週も、俺の家に来ないか」
「えっ」
 困惑したように目を見開いた彼女に、何か不都合でもあったかとほんの少しだけ動揺する。「次は私の部屋かと思っていた」という彼女に、「行きたい場所がありこちらからの方が近いから」と告げる。本当の理由は違うが、これだって決して嘘ではない。
 少し悩む素振りを見せたが、わかったと笑う彼女にそっと胸を撫で下ろした。その後彼女はまた少し考え込んだ後、「ちなみに、来週何か食べたいものとかある?」と口を開いた。
「ああ、土曜の夜はもう店を予約している」
「え、百之助さんが? どうして?」
 目を丸くして問いかける彼女に、ほんの少しだけムッとする。記念日にレストランの予約もしないような男だと思われているのか、俺は。それとも、彼女は記念日だと気付いていないのだろうか。
 まあ、それならそれでいい。俺は意外にもそういった事を大事にするタイプだと彼女に伝わればいい。
 何かをぶつぶつと言いながら考え込む彼女を横目に、当日の流れを頭の中で整理していた。
 
 一週間はあっという間に過ぎていった。週末にはなんとしても仕事を残さないように必死で片付けた。仕事帰りに百貨店に寄る時間も作る為、死ぬ物狂いだった。疲労感はいつもより大きかったが、仕事終わりに彼女の喜びそうなプレゼントや口に合いそうなワインなどを選ぶのは、その疲労感をも吹き飛ばす楽しさがあった。
 最終的にプレゼントは最新型のスマートウォッチにした。少し前にテレビでのスマートウォッチ特集を見ながら「時計を買い替えたい」となんとなしに言っていたのが記憶に残っていた。そして、「こういうのもいいなあ」とぼやいていたのも。
 指輪などのアクセサリーとも一瞬迷ったがサイズがわからないのでやめた。
 金曜の夜、少しの残業をした後に家路へと向かうと途中で花屋が目に入った。こんな時間までやっているもんなんだなと思うと同時に、店頭に飾られた籠に入ったミニブーケを見つけ吸い寄せられるように店に入る。彼女の雰囲気に似た淡い色合いの花たちが集められたそれを一つ購入し、帰宅した。
 自分が女に花を買う日が来るとは思わなかった。
 家についてからは、先日届いたバルーンのセットを膨らませ飾り付けた。モノトーンで整えたこの部屋にパステルカラーの風船たちはひどく浮いていて、自分の心が浮かれているように感じた。やはりやめておこうかとも思ったが、彼女が驚く姿が頭をよぎり、そのまま飾りを残した。
 
 そうして迎えた土曜日。約束の時間よりも少し早めに待ち合わせ場所へと向かう。まだ彼女はついていないようだった。スマートフォンを見てもう一度今日の流れを整理しながら、彼女を待つ。
 五分ほど待つと、彼女が現れた。アイスグレーのコートに身を包んだ彼女は俺の姿をすぐに見つけ駆け寄ってくる。そんなに高いヒールではないが、転けてしまわないかと見守った。
「待たせちゃってごめんなさい」
「別に、待ってない」
「でも、手が少し冷えてる」
「それはいつものことだ」
 こんなに寒いのに俺の手を握る彼女の手は暖かかった。カイロ代わりにその手を握りしめ歩き出した。
 
 これからどこに行くの? と聞く彼女に、いいところだとだけ言って足を進める。きょとんとした彼女がこれから喜びに満ちる瞬間が早く見たくて、自然と歩くペースは早くなっていった。
 食べることが好きで食品関係の仕事についている彼女は、食べ歩きと同じくらいに店頭に並ぶ食品サンプルを眺めるのが好きだった。ショッピングセンターに並ぶカプセルトイを見かけると食品サンプルが入ったものがないかよく探していた。少しばかり子供っぽいようにも思ったが、好みのものを見つけた時にキラキラした表情で話しかけてくる彼女を眺めるのが、俺は好きだった。
 そうして案の定、食品サンプルが会場いっぱいに並ぶ展示会会場に辿り着いた彼女は瞳を輝かせて俺の方へと振り返った。
「行きたいところってここ?」
「どっかの誰かさんのおかげで、つい気になってな」
 ここに連れてきたらお前がどんなに喜ぶかと気になって連れてきたと言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。
 ソワソワと遠慮がちに歩く彼女に、好きなところを好きなように見て来いと伝える。手を離してあちこち見て回るかと思いきや、俺の手を引きながらこっちにはこれがある、これなんか本物そっくりだと楽しそうに彼女は笑う。
「本当に食べられちゃいそう」
「おいおい、かぶりつくんじゃないぞ」
「もちろんそんなことしないよ! あ、見てこの鍋焼きうどん、椎茸も本物そっくり」
「やめろ、そんなものを見せるな」
 まるであの匂いまで漂ってきそうな忌まわしい茶褐色の丸い物体に眉を顰めると、彼女はまた愉快そうに笑った。
 
 ゆっくりと展示会会場を一巡してから、会場を後にした。まだディナーの時間まで少しあったので、近くを目的もなく歩いた。時折気になる店を見つけては中に入り、雑貨や服などを見ているとすぐに時間は過ぎた。
 予約した店に着くと、予想通り彼女は気に入った様子で店内のあちこちに目をやった。
「素敵なお店」
「お前が気に入るだろうと思ってな」
「そうなの?」
「好きだろう、こういう店」
「うん、流石百之助さん」
 読みが当たり思わず口角が上がる。予め指定しておいた半個室になっている席に案内をされ、コートを脱いで腰掛けると彼女は口を開く。
「百之助さんが行きたいお店の方が良かったんじゃないの」
「お前と来たかった店だから、別にいいだろう」
「それならいいんだけど」
 喜びながらも彼女は、そんな事を何故か気にしていた。納得したようなしていないような顔をしながら、彼女もコートを脱ぎ腰を下ろす。本日のおすすめのワインを頼み、食事を楽しんだ。前菜もスープも魚料理も肉料理も、全てコロコロと表情を変えながら食べ進める彼女に頬が緩む。肉料理の皿が空いたところで、彼女の表情にほんの少し緊張感が走ったように感じた。もしかして、これから起きることに気付いたのだろうかとドキリとする。
 と同時に、店内の照明が少し落とされ、彼女が目を丸くし周囲を見渡した。前もって頼んでおいた、記念日仕様のデザートプレートが人当たりの良さそうな店員の腕によって運ばれてくる。
 一体何故という表情をした彼女は、目の前に置かれたその皿に施された『Happy  Anniversary』というメッセージを眺めて、黙りこくってしまった。
 しまった、外してしまったか、と思った。一年の記念日ならまだしも、半年でこんな事をするだなんて重たいだとかダサいだとか思われているだろうか。いや、これまでの女達ならともかく、彼女に限ってそんな事はと思いながらも、その場を取り繕うように口を開いた。
「半年で記念日の祝いをするのは学生くらいなもんあとも思ったんだがな。……自慢じゃないが、女には困ったことがない。だけど、どの女達とも続いた試しもなかった」
 急に話し出した俺を、彼女はジィッと見つめながら、言葉を受け止めそっと頷く。
「半年続いた女は、お前が初めてだ。そして、これから先もそばにいたいと思ったのは」
 お前だけだ、と続けようとする言葉は照れくさそうに笑う彼女の笑顔を前に発せなくなった。代わりに、用意していたプレゼントを彼女の前に差し出す。
「これからの時間も、俺と刻んでいってくれないか」
 彼女のまん丸とした瞳がより一層丸くなって見開かれる。ほんのりと開かれた口からは何も発されることはなく微かに震えている。答えが返ってこないことに、やっぱり俺ではダメか……と一瞬よぎる。だけど彼女は、俺の手を握り首が取れてしまうんじゃないかと思うくらいに縦に振り続けた。どうやら、あまりの事に声が出なかったらしい。そんな彼女の様子に、安心して笑った。
 
 互いに顔を見合わせて少し気持ちを落ち着かせた彼女は、渡したプレゼントを両手で掴みながら「一瞬プロポーズなのかと思っちゃった」と笑った。確かに先ほどの言葉はそうも取れなくない。「その時にはちゃんと指輪を用意してやる」と茶化すように言いながらも、彼女とならそんな未来も悪くないと思った。
 
 プレゼントを開けた反応が気になって促すと、彼女は丁寧に包装紙を剥がしていく。中身が顔を出し、喜ぶ彼女を期待したが、彼女は驚いた顔をして固まった。
「なんだ、気に入らなかったか」
 もしかしてすでに自身で購入したのだろうかと彼女の左腕をチラリと見やるけれど、いつもつけている物と同じものを彼女は身につけていた。デザインが気に入らなかっただろうかと考えあぐねていると、少し困ったように笑いながら彼女は何かを取り出した。同じように綺麗に包装された小さな箱。
「お前も、用意してたのか」
「うん。でも、ごめんね。私からは記念日のプレゼントじゃないです」
 申し訳なさそうに言う彼女に、どういう意味だと眉を顰めていると、信じられないといった表情を浮かべて彼女は言った。
「もしかして、忘れてるの?」
 記念日でないと言うならなんの日だと言うんだ。一月二十一日。付き合い始めた七月二十二日から、半年の、一日前。
 そこまで考えて、俺はやっと気が付いた。
「一日早いけど、お誕生日おめでとう、百之助さん」
「……俺の、誕生日」
 もしかして間違えてた? と心配そうに顔を覗き込む彼女に、俺は俯いたまま小さく笑った。ここ数年、クリスマスや正月に彼女がいても誕生日を迎える前には別れている事が多かった。当日に勇作からメッセージが届くことはあるけれど、前もって誰かから祝われる事も予定を確認することもなかったから、すっかり忘れていたのだ。
 そんな俺を彼女は眺めて、先ほどの俺と同じようにプレゼントを開けてみるようにと促される。包装紙を剥ぎ取ると、そこから現れたのは先ほど俺が彼女に贈った物と同じスマートウォッチのベルトを変更された物だった。彼女の表情の意味を理解して顔を上げると、おかしそうに笑う彼女が「これからも、同じ時を刻んでいこうね」と言った。
「それはプロポーズか?」
「いつか指輪を用意してくれるんじゃなかったの?」
「ははぁ、そうだったな」
 ほんの数分前のやり取りをなぞるように交わす。
 彼女も俺と同じような気持ちでこの時計を選んでくれたのだろうかと思うと、不意に目頭が熱くなった。それを悟られないよう目を逸らす。
 そんな俺を気付いているのかいないのか、彼女は自身の手に付けていた時計を外して俺からの贈り物を早速身につけた。そして俺の手を握った後「お互いにサプライズ大成功だね」なんて笑った。
 嬉しそうな顔で「早くお家で時計の設定をしなくちゃ」と話しながらデザートを食べる彼女を見て、そうだまだサプライズは終わってはいないのだと思い出す。
 
 すっかりこれで終わりだと思っていたらしい彼女は、俺の家につき飾られた部屋に驚いて、そして小さな花束を渡すと涙を流しながら笑った。
「ねえ、本当にこれで終わり? サプライズがあり過ぎて、心が追いつかないよ。私百之助さんの誕生日、何も出来てないのに」
「ハッ、最初から期待してない。俺自身忘れてたくらいだからな」

 それに俺には、お前がここにいてくれる、それだけで特別なんだから。そう喉まで出てきた言葉は、これ以上彼女を泣かせてしまいそうな気がして、グッと飲み込んでおいた。いつかまた別の機会にお見舞いしてやろう。
 こんなサプライズなら、きっと悪くはないだろう。そう泣き笑いする彼女に思いながら、そっとその体を抱き締めた。

尾形ってサプライズするんか?と思う私と、サプライズするけどどっか抜けてるんやろなと思う私とが戦った結果、珍しく(?)サプライズ失敗しない尾形が誕生しました。
でも自分の誕生日を忘れているという点では抜けているのかもしれません。
こちらも2023年尾形誕生日WEBイベにてリバーシブル本をネットプリントで出しました。
どちらから読んでもそれぞれ視点のお話、製本の事を考えてあれこれ作るのがとても楽しかったです。
初出・2023/01/22