ミッドナイトなコンビニデート
夜に恋人と二人で並んで向かうコンビニエンスストアは、なぜだかテーマパークのようにワクワクする。普段足を運ばないような時間だからだろうか。まあ、うっかりストックを買い忘れていたトイレットペーパーを買いに行くだけなんだけど。
スーパーもドラッグストアも閉まっているようなそんな時間帯。すぐそこだし一人で行くよなんて私が財布を握りしめれば、寒がりのくせに百之助はむすっとしながら「こんな時間に一人で行く気か」と厚手のダウンコートを羽織った。お互いに気の抜けた部屋着のまんま、上着で誤魔化せるから冬は便利だねなんて笑いながら私は手を繋ぐ。
家から一番近いコンビニは、駅の近くだけど快速も止まらない小さな駅でこの時間には利用者は少ない。だからこんな気の抜けた格好でもあまり気にならない、そう思っていたのが間違いだったのかもしれない。
「あれ? 尾形さんじゃないですか」
不意に声を掛けられ振り向けば、緩く巻いた髪に綺麗なベージュのコートを羽織り、きちんと整えられた化粧の女の人が立っていた。薄いピンクの口元が嬉しそうに緩んでいる。
「びっくりしましたぁ! お家、この辺なんですか? 私は、友達の家が近くで」
鼻にかかる甘い声が耳に届く。あぁこれは、この女の人は百之助に好意があるのだろう。彼女と私の見た目の違いに、なんだか気まずくてそっと彼から離れようとするけど、もう遅かった。
「……あれぇ? お連れさん? 妹さんとか?」
笑みを浮かべたまま、暗に「こんな女が彼女のはずがない」とでも言いたげな表情とその声に頬が引き攣る。確かに今私は化粧もしてないし、厚手のコートの下はずっと着古したような部屋着のままだ。近くのコンビニとはいえ、もう少しなんとかしてくるべきだったと顔が熱くなる。そうしていればせめて「恋人ですけど、なにか?」と応戦出来ただろうか。「うちの百之助がお世話になっています」とでも言えただろうか。
そんな事を考えながら俯いていると、それまで一言も発しなかった百之助が私の腕を引き、そして肩を抱いた。
「俺の恋人だが、なにか?」
「えっ……そ、そうなんですかぁ?」
「どう見ても妹には見えんだろう」
「えぇ〜だって、なんていうかあんまりにも……恋人っぽくないというかぁ」
「まあ、こいつとはもう家族みたいなもんだからな。なぁ?」
「え、あ、え?」
「チッ。ったくお前、こういう時は『うちの百之助がお世話になってます』くらい言えないのか」
「あ、えと、うちの百之助が……お世話になってます……?」
「……こちらこそ、お世話になってますぅ〜」
あぁ、この女の人言葉とは裏腹に全然目が笑ってない。ちょっとこわいんですけど。
「じゃあな」
「あ、失礼します」
ぺこりと頭を下げて立ち去る。後ろ姿に刺さる視線が、まだ痛い。
「大丈夫だったの? さっきの人」
「あぁ。取引先の受付の女だ。正直面倒くさいと思っていたからこれを機に擦り寄ってくるのをやめてくれたらいいんだが」
「……いつも擦り寄られてるの?」
「そうなりそうなのを、かわし続けているんだ」
「ふーん」
その光景を想像して唇を尖らす。百之助はそんな私の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「拗ねてんなよ」
「拗ねてない」
「じゃあなんだその尖った唇は。キスでも待ってんのか?」
「違うし」
「……ったく」
百之助は悪くない。彼は魅力的な男だ。なのに、付き合って長いし一緒に住んでいるとは言え気を許しすぎて気の抜けた格好をしている私がきっと悪い。そんな風に思いながらまだ変な顔をして歩いていると、百之助が立ち止まった。
「?」
不思議に思って顔を上げると、荷物を持っていない方の手で百之助は私の肩を抱き寄せてちゅっと触れるだけのキスをした。外では決してそういったスキンシップを取ってこない百之助の顔が、月明かりに照らされたまま近くにあって妙にドキマギした。
「え、な」
「どんな女が寄ってきても、こんな事するのはお前にだけなんだから機嫌直せ」
「別に、機嫌悪くないし」
「よく言うぜ。臍曲げたような顔してたくせに」
はぁ、と彼が小さく吐いたため息は白くなって夜の空に消えていく。既に冷え切っていた彼の手が私の手を掴み指を絡ませると、「いいからお前はそんな顔すんな。さっきまでみたいに笑ってろよ」とぶっきらぼうに言った。
繋がれた指先が、少しずつ互いに熱を与え合っていく。まだなんとなくモヤモヤとした気持ちは残るけれど、それでも普段なら取らないような彼の行動と「恋人だが、なにか?」「家族みたいなものだからな」と言う先ほどの言葉を思い出して少しだけ心が暖かくなるのを感じながら、私は彼の手を強く握り返した。
初出・2023/01/24