ようやく会えた
長い長い夢を見ていた。
最後に覚えている景色は、通勤中の横断歩道、信号無視のトラック、足の悪そうな目の前のおばあちゃん。自分一人ならトラックを避けられたかも知れないけれど、思わずおばあちゃんに駆け寄ったところまでは覚えていた。
そこから先は、ずっと夢を見ていた。
その場所は日本だった。だけど、今まで私が住んでいた日本とは少し違う。もっとずっと昔の時代の日本だった。
見慣れない服装をした人々。彼らから見たら、スーツ姿の私の方がおかしな服装だったのだろう。銃や弓矢を向けられたが、私に戦うような力も理由もないとわかれば優しく接してくれた。
みんなの顔は覚えている。とてもリアルで生々しい、とにかく長い夢だった。
色々な人たちと接したけれど、最後の最後「お前はここにいるような人間じゃないだろう」と私を突き放したあの人の顔が一番記憶に残っている。彼の名前はなんだったっけ。顎に傷のある、黒い瞳が印象的な、あの男の人。初めから私を信用していないと言いながら、最近は少し心を開いてくれるようになった、そんな気がしていたのに。
彼に突き放された矢先、地面が崩れ私は引き摺り落とされるような感覚がして目が覚めた。病室の、ベッドの上で。
交通事故に遭った私は、一ヶ月近くの間意識を取り戻さず寝たきりだったらしい。長い長い夢は、私が生死を彷徨っていた間に見たものだったようだ。
「どうです? 少しは、元の感覚に戻ってきてますか?」
交通事故で外傷はあまりなかったけれど、寝たきり生活のせいで筋力が衰えた私はリハビリを受ける事になった。作業療法士の杉元さんは、顔に傷があれば夢に出てきた人物の一人にとてもよく似ていた。定期的に薬を持ってきて説明してくれる薬剤師の女性も、夢に出てきた少女と面影が似ていた。
もしかすると、寝たきりではあったけれどうっすらと意識があって、病院内で見た人たちが夢に出てきたのではないかと思ってしまう。
「うん。だいぶ調子が戻ってきてるみたい。もう少しで退院ですね」
「はい、おかげさまで」
「……よかった。本当に」
たかが患者一人にこんなに優しくしてくれるなんて、親切な人だな杉元さんはと感心しながら病室へ戻ると、部屋の前に立っている男性に気づいた。個室しか空いていなかったという理由でその部屋に通されているから、部屋を間違えているんじゃないかと声をかけた。
「あ、の……そこは、私の病室ですが……?」
「……意識、戻っていたんだな」
「え……?」
「ああ、いや……」
小さな花束を抱え、綺麗に髪を整え後ろへと流したその男性がこちらへと体を向けた。その人は、目覚めた後も何度も思い出された、夢の終わりに私を突き放した男だった。私は思わず小さく声を漏らしてしまう。
「先日、助けてもらったのはうちの祖母だ。そのお礼を、伝えたくて何度か見舞いにきていたんだ」
「そう、だったん、ですね……」
「……ようやく会えたな」
「え?」
「いや……」
夢の中でも何度も射抜かれた黒い瞳が、私をじっと見つめた後少しだけ揺れる。
「まさか本当に、未来から来ていたとはな」
「え、あの、え?」
「平成の時代に生まれて、次の元号が令和になるというニュースを見た時から、まさかとは思っていたが」
「あの」
「……ハッ、まあ突然こんなこと言われても訳がわからんよな。あの時の俺たちのように」
彼は髪を撫で付けながら目を逸らした。突然の出来事に混乱していたが、それでも不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「あの、とりあえず、お見舞いに来て下さったんですよね?」
「……あぁ」
「よかったら、こちらに入って話していきませんか。立ちっぱなし、まだ少し辛いので」
「……いいのか、見ず知らずの男だぞ」
「だって、私あなたと初めて会った気がしないんです。不思議ですよね」
黒い瞳を今度はキュッと細めたかと思うと、彼はニヤリと笑って病室の扉を開けた。私に手を差し出し、体を支えるようにしてくれたその温もりに、私はまたあの長い夢を思い出していた。
ちょっと意味合いが違ってしまった気もするけれど。珍しく(?)トリップ夢っぽい感じです。
初出・2023/10/01