年に一度のお便りは
正月早々テーブルに向かって筆を走らせている私に、百之助は何をしているのか確認するように覗き込んできた。
「何してるのかと思えば、年賀状か? この時期に」
「うん。私は送ってくれた人に返す派だから」
「この時代にまだ年賀状を送り合う事があるんだな」
百之助は私宛に届いた数枚の年賀状を手に取り、ペラペラと確認する。別に見られて困るものではないから放っておくけど、勝手に見るのは流石に不躾じゃないだろうか。男から届いているものがないことを確認し終えた彼は何も言わずそっと元あった場所に戻していたけれど。
「ほとんどの子はメッセージのやり取りで済ますんだけどね。逆にこれくらいの年齢から増えるんだよ。結婚ブーム出産ブームが来るから、それのご報告兼ねてって感じ?」
かくいう今年届いたうちの二枚は昨年結婚式を挙げた友人と授かり婚で出産を終えた友人からだった。それより前から年賀状のやり取りをしている子も早くに結婚出産をしている友人がほとんどである。
「ははぁ、幸せ報告に付き合わされてるのか」
「言い方。私は嬉しいけどね。幸せのお裾分けしてもらってる気分。友達の幸せそうな顔見ると私も嬉しいもん」
ただ残念ながら、私には送り返す幸せな報告も写真もない。もちろん恋人の百之助とは仲良く過ごし幸せではあるが、だからと言って年賀状で報告するほどではない。コンビニで販売されている来年の干支が描かれた年賀状を購入してそれに簡単なメッセージを書き込み返事をしているというだけだ。
「そうだ、少なくとも一枚は余るから百之助も書く? おばあ様とかに」
「いやいい。ばあちゃんには電話したから」
「そう? 喜ぶんじゃないの、おばあ様くらいの年代の方なら年賀状の方が」
今は祖父母は皆亡くなっているが、子供の頃に書いて出した年賀状を喜んでくれた姿を思い出す。まあ、いくつになっても孫とは言え、大人になった孫からの年賀状はそんなにありがたみがないものかもしれないが。
百之助はマグカップに私の分までコーヒーを入れてテーブルに置いてくれた。一時休憩とばかりにそれを手に取り、まだ湯気の出るそれに息を吹きかけていると、彼が少し考えた後口を開いた。
「そうだな。来年なら出してやらんでもない」
「来年? 今年じゃなくて?」
「ああ」
来年、お前と連名で写真付きでならな。そう言った彼のせいで、ようやく口に含んだコーヒーを吹き出しそうになる。かろうじてそれは防げたものの、手に持ったカップから数滴こぼれたコーヒーのシミが書いていた年賀状に飛び散った。
「あ! ちょっと! もう、汚れちゃったじゃん!」
「お前の不注意だ」
「いや、ていうか。何? 今の、どういう意味?」
「さあ? どういう意味だろうな」
意味深に笑った百之助のせいで心拍音が上がる。連名で、写真付きって、それってつまり。
はっきりとは言ってくれない彼にヤキモキしながら、シミがついてしまった年賀状をボツにして新しい年賀状を手に取る。旦那様と連名で幸せそうな結婚式の写真付きの友人の年賀状を眺めながら、私はもう一度宛名を書き直していった。
来年の年賀状が、今年と同じようなイラストタイプのものになるのか、それとも百之助が言ったようなものになるのか。今の私には、まだわからない。
この前の年(というより同年年始)には正月に大晦日の話(月島夢)を書いて、この年には年末に正月に年賀状出す話を書きました。
なんというあべこべ具合。
初出・2023/12/30