どんな高価なチョコよりも

 今年は一体どんなチョコをもらってくるんだろう。数日前から、私はひっそり楽しみにしていた。
 私立と公立で学校は違うというのに、母親同士の仲がよく家も近所の音之進とは幼馴染という関係が続いていた。
 文武両道、家柄良し、加えて顔も整っている彼はとにかく女子にモテるので、この時期は紙袋いっぱいにチョコレートを貰って帰ってくる。そしてそれを自慢げに我が家へ持ってくる彼にお裾分けをしてもらうのが例年の流れだ。さすが名門私立に通う女子たちの選ぶチョコレート、普段の我が家では手を出せないような高級品も紛れているので楽しみで仕方なかった。

 だから彼が訪れた時、正直言うと拍子抜けだった。いつも底が破れそうなほどにパンパンになっていた紙袋が、彼の手にはなかったから。
「……あれ。今日だよね、バレンタイン」
「そうだ」
「どうしたの。もしかして今年から校則厳しくなって貰えなかったとか?」
「違う」
 まさか一つも貰えなかったというのだろうか。あの音之進が? そんなわけないと思うのだけど。それとも流石に女の子から貰ったものを別の女に横流しする事に抵抗を覚えたのだろうか。いや、今更な気もするけど。色々考えていると、音之進が口を開いた。
「今年は、全部断ってきた」
「え、全部?」
「ああ」
「なんで、もったいない!」
 すっかり一緒に食べるつもりでいた私はがっかりして肩を落とした。こんな事なら奮発して、ちょっとお高いチョコレートを買っておけばよかった。
 そんな事を考える私をむすっとした顔をした音之進は見下ろして、それから手を差し出した。
「どれだけたくさん貰っても、一番欲しいやつがくれなければ意味がないからな」
「どういうこと?」
「お前いつも言ってただろう。『こんなにたくさんあるんなら私からはもういいよね』と」
 確かに言った気がする。だって食べきれないほど貰ったとドヤ顔をして渡してくる人に、新たにチョコレートを渡すのも馬鹿馬鹿しい気がして。
「えぇ〜急にそんな事言われても何も用意してなかったよ」
「一つくらいあるだろう」
「んんー……あ、ちょっと待ってて」
 玄関先に音之進を待たせたまま部屋へと戻る。友達と交換用にと用意したものがまだ冷蔵庫に余っていたのだった。パンの耳をラスクのようにして、溶かしたチョコレートで周りをコーティングしたお菓子。だけど流石に、高級チョコに慣れた音之進にこんなものをあげるのもなぁと思いつつ、せめて可愛くラッピングしてあげようと残っていた袋に入れてリボンを結ぶ。
「ごめん、こんなのしかないけど」
「充分だ」
 偉そうにそう言うと、彼はせっかく結んだリボンをその場で解いて早速一つを口に運んだ。サクッと軽やかな音がして、どんどん彼の口の中へ消えていく。
「美味しい?」
「うん。たまにはこういうのもいいな」
 たまにはって、褒めてんのかどうかわかんないな。そりゃ舌の肥えた音之進からしたらそんな感想にもなるか。それでも袋の中のチョコをあっという間に食べ終えたのだから、美味しかったのだと思おう。
「来月、ちゃんとお返しをしてやる」
「いや、いいよ」
「お前の好きそうなもの、なんでも買ってやる。一緒に行くぞ」
 口の周りにパン屑をつけながらそう言う音之進に、二人で? と問うとそうだと返ってくる。
「二人で出かけるの、久しぶりだね」
 思春期を迎えてから、二人だけでどこかへ行くなんてことなかったのに。どういう風の吹き回しなんだろう。そう思っていると、音之進はきゅっと唇を結んだ後顔を真っ赤にしながら早口で捲し立てた。
「よかか。二人でデートじゃっでな。ちゃんとオシャレして来え」
「えっ」
「じゃあな!」
 ちょっと、と言う間もなく音之進は玄関の扉を開けて帰って行った。嵐のようだったな。いやそれよりも、デートって言った? 今。
『どれだけたくさん貰っても、一番欲しいやつがくれなければ意味がないと思ったから』
 数分前の彼の言葉を思い返し、ようやく意味を理解した私はみるみる内に顔が熱くなった。
 こんな事なら、ちゃんとチョコレートを用意しておけばよかった。もっとずっと昔から。たくさんチョコを貰ってくる彼にヤキモキなんかしてないで、そのチョコを一緒に食べる仲に優越感を抱いて甘んじてなんかいないで。
 部屋の中へと戻って、私はクローゼットの扉を勢いよく開いた。久しぶりの二人でのお出かけ。何を着ていこうと、私の胸はただひたすらに弾んでいた。