やさしいかれ
ふらふらと視界が揺れる。それは慣れないヒールで歩いているからか、それとも自身の許容範囲を越えた量のアルコールのせいか。おそらく後者だろう。ゆらゆらと体を揺らし歩く度に、手に握る花束もゆらりゆらりと揺れていく。
今日は、幼なじみの結婚式だった。男女三人組の幼なじみ。私は二人が大好きだった。だけど、男女三人組の中で三角関係が起きる事なんてきっとよくある話だろう。そして私は、実らない側の人間だった。それでも私は二人が大好きで、二人の幸せな姿を見守る為に結婚式へと参列した。私の気持ちを知ってか知らずかこの世の全ての幸福を手に入れたような二人の笑顔はそれはそれは眩しいものだった。
心からの祝福と惨めな嫉妬心というのは同時に心に存在出来るものなのだなぁというよくわからない事を考えながら、気が付けばいつも以上に酒を煽ってしまっていた。祝い酒なのかやけ酒なのかは自分自身わからなくなっていた。
どうしようもなく寂しくなって、スマホの履歴から一番上に出てきた名前の人物に電話をかける。杉元佐一くん。少し前に知人との飲み会で知り合った彼は、私と同じような経験が過去にあるという事で親しくなり、よく辛くなった時に話を聞いてもらったり飲みに行ったりしていたのだ。電話は三コールも鳴らないうちに彼に繋がる。
「もっしもーし、杉元くん? 今何してる〜?」
「もしもし? どうしたの? 大丈夫?」
「だいじょーぶれーす、ねえ今何してたのー?」
「家にいたけど……ねえもしかしなくても結構酔ってるね? 今どこ?」
「んー? ふふふ言ったら来てくれるのぉ?」
「場合によっちゃね。で、どこ?」
現在地を伝えると、どうやら杉元くんの家からは近かったらしく、すぐに行くからなるべく人の多い明るい場所で待つようにと言われる。いつも思っていたけど、本当に優しいなあ杉元くん。
十分ほど経った頃、キョロキョロと見回しながら杉元くんが現れる。キャップの下がいつもと違うさらりとおろされた髪を見るに、もしかするとお風呂に入ってくつろいでいたのかもしれない。それなのに駆け付けてくれたのかと申し訳ないような嬉しいような気持ちになる。
「あー杉元くんら!」
「ああ、ここにいたんだね。大丈夫? 歩ける?」
「だーいじょうぶよーぉ。来てくれてありがとねぇ。この後一緒に飲む?」
「これ以上飲まない方がいいよ。ほら、家帰れる? タクシー拾う?」
「やだやだ、まだ帰りたくない! 一人になりたくない!」
「もう、ワガママ言わないで」
「ねーぇ、一緒にいてくれない?」
「……そういうの、あんまり言っちゃダメだよ? 悪い男だったらどうするの」
「杉元くんは悪い男じゃないもーん」
「……はぁ。じゃあ、うちに来る?」
「いいの?」
「この状態でほっとけないしね」
そう言って体を支えてくれる杉元くんになんだかんだと絡みながら、私は杉元くんの家へと着いて行った。
——ここまでが、しっかりと記憶に残っているが、そこからが記憶が飛んでいる。昨夜着ていたワンピースは脱いできちんとハンガーに掛けられている。下着姿に大きめのTシャツという状態の自分自身の姿と見慣れない部屋にやってしまったと頭を抱えた。いくらやけになっていたとは言え、せっかく出来た友人と私はワンナイトを決めてしまったのだろうか。
辺りを見回すけれど家主の姿がない。どうしたものかと考えていると、水の流れる音がして、杉元くんが戻ってくる。どうやらトイレに行っていたらしい。
「あ、起きた? 二日酔いとか大丈夫?」
「ちょっと頭痛い……かも」
「はは、かなり酔ってたもんね。薬あるよ。水持ってくるね」
「あ、あの杉元くん……その……」
「あ、先に言っとくけど、何もなかったからね。安心して」
「へっ。あ、あー、そっ……か」
かなり神妙な顔をしていたのだろう。私が何か聞く前に杉元くんはあっさりと答えた。よく見れば床にタオルケットが敷いてある。もしかしたら私をベッドに寝かせてくれて彼はそこで寝たのかもしれない。申し訳なさが胸を支配する。
「はい、水と薬。何か食べれそう?」
「ううん、いい……本当にごめんね。ご迷惑お掛けしました」
「ははは、気にしないで。むしろよかったよ電話くれたのが俺で。もし他の男だったら結構ヤバかったかもね」
「そ、そんなに……?」
「うん。まあ、ね。下着姿で迫られた時はちょっとグラっと来たけど」
「えぇ!?」
「でもまあ、確か昨日辺りが例の幼なじみ達の結婚式って言ってたから、なんとなく予定空けてたし。気にもなってたし。そんな弱ってる所を襲うような男にはなりたくなかったしさ」
「いやもう、本当に申し訳ありません……」
「ただ、弱っているからって他の男にもあんな姿見せられちゃ堪んないからさ。今度からも、何かあって弱ってるなら絶対俺のこと呼んでくれよ?」
「え?」
「君が吹っ切れるまで待つつもりではいるけど、他の男に掻っ攫われるのは嫌だからさ」
「ん、と。あの、それは、どういう……?」
「さあ? どういう意味かは自分で考えてね」
それくらいいいだろ、振り回されたんだから。と杉元くんは言いながらテレビを付けた。朝の情報番組が今日の占いコーナーを流しており、ちょうど私の誕生月が読み上げられる。『思わぬ告白を受けるかも!? 素直に答えるが吉!』という恋占いの言葉に、テレビの占いも当たるものなのかもしれない、とぼんやり考えていた。
初出・2022/09/24