干支ひとつ分の恋愛相談

「先輩、えっとその……ちょっと相談したい事があるんですけど、今日この後時間ありますか」
 アルバイトの杉元くんにそう声を掛けられたのは最後の客が帰り、表の札をOPENからCLOSEに掛け直した時だった。カウンターの上のコーヒーカップを片付けながら、「うん、どうした?」と声を掛ける。
「いやここじゃちょっと……」
「ん、結構ガッツリ相談って感じ?」
「えと……ダメですか?」
「いや、大丈夫だよ。今日は特に予定もないし」
「ありがとうございます! じゃあ、近くの居酒屋行きませんか? 俺奢ります!」
 パァッと太陽のように眩しい笑顔を向けられて目が眩みそうになる。おかしいな、もうとっくに日は暮れているのに。ここだけ明るくなっているようだ。一日フルシフトで仕事をしていたとは思えないほど元気な様子で、杉元くんはいそいそと閉店作業をしていた。
 
 全ての作業を終え、オーナーに声を掛けて店を出る。先に店を出て外で待っていた杉元くんにお待たせと声を掛けて近くの全席個室になっているチェーンの居酒屋へと入った。適当に食べる物を頼んだ後、運ばれてきたビールジョッキを掲げて「お疲れ様」と乾杯をする。
「で、相談って?」
「うっ……早速ですね」
「まああんな風に言われたら気になるじゃん。店でなんか問題でもあった?」
 お通しとして出された枝豆をつまみながら、最近の杉元くんの仕事ぶりを思い出していた。いつも元気に笑顔で働いていて、常連客にも可愛がられている彼だが何か悩みでもあるのだろうか。最近では、少しずつコーヒーを自分自身でも淹れてみたいと頑張っていて、それもだいぶ上達していたはずだ。
「バイトでの事じゃなくて、その……れ、恋愛相談、なんですけど」
「んん?」
「いや、あの。えーっと……あ、そうだ。知人の! 知人に相談された事で、俺もなんて答えてあげるのがいいか悩んでて! それで、人生の先輩でもあるナマエ先輩にアドバイスもらえたらなあ、なんて!」
「ふーん、なるほど」
 もう少しで干支を三周してしまう年齢に差し掛かった人生の先輩として言えるのは、「知人の話なんですけど」という話の八割は本人の話だから、その言い方は今後やめた方がいいよ。口には出さずに心の中で杉元くんにアドバイスをした。
「で? そのお友達? になんて相談されてるの?」
「その……ナマエ先輩は、歳の差恋愛って、どう思います?」
「というと」
「十歳以上……干支一回り分くらい歳の離れた子に好意を持たれたり持ったりする事って、あるものなんですかね?」
 ここまで聞いてピンと来た。きっとアシㇼパちゃんとの話だ、と。
 お客さんの六・七割くらいは常連客を占めている個人経営の小さな喫茶店、それが私の勤める職場だ。過去に勤めていた会社から酷い扱いを受けメンタルを病み無職となった私を、親戚であるオーナーが拾ってくれて働いている。
 その喫茶店には、杉元くんがアルバイトとして入るようになってから、グッと常連客の平均年齢を下げてくれるような若い女の子のお客さんが来るようになった。それがアシㇼパちゃんだ。コーヒーはまだ苦く感じるという彼女に、私はいつもミルクたっぷりのカフェオレを提供している。スーツのおじさんや、白髪のマダムの中でセーラー服を着た彼女は一際目立ち、それでも幼い顔に似つかぬ凛とした性格と物言いに私も他の常連客も彼女を心から可愛がった。彼女はどうやら、杉元くんとは家が近所で小さい頃からよく遊んでもらっているらしい。「妹みたいなものです」と杉元くんはいつだったか言っていたが、アシㇼパちゃんが杉元くんを見る目は完全に恋をする乙女そのものだった。確か二人の年齢差は、ちょうど一回りくらい離れているはずだ。
 遂にアシㇼパちゃんは杉元くんに想いを伝えたのだろうか。それとも、何か別のきっかけで杉元くんの中でアシㇼパちゃんへの気持ちが変化していったのだろうか? そんな事を考えながら思わず口角が上がってしまいそうになる。
 いくつになっても、女というのは恋の話が好きな生き物なのかもしれない。
  
「歳の差、ねえ。うーん。まあ、あんまり気にしなくていいんじゃないかなと個人的には思うけど」
「先輩は、あまり気にしないタイプですか?」
「あ、未成年に手を出すのは犯罪だから駄目だよ? そういうのは、ちゃんと相手が成人するのを待ってからってのは大前提。でも、お互いに想いあっているなら問題ないんじゃないとも思うよ」
 アシㇼパちゃんと杉元くんの普段のやり取りを思い返しながら、なんと言っても二人はお似合いだしなと考える。あと数年は色々と我慢することもあるだろうが、成人してしまえば一回りくらいの年齢差はそんなに支障がないように思う。
「でも俺……じゃない、その、知人が。実年齢より中身がガキっぽいから、釣り合わないんじゃないかなあと思ったりもしてるみたいで」
 確かに、アシㇼパちゃんは年相応より大人っぽいもんなあ。杉元くんも年相応とは思うけど、年上の男としてというプライドがあるのだろうか。
「そんなの、相手がそれも込みで好きって思ってるならいいんじゃない?」
「はぁ……ただ、歳が離れているから。彼女は魅力的だし、同年代で俺なんかよりもっといい男が現れるんじゃないかとも不安で。……あっ、なんて風に、思ってるみたいで」
 うんうん、アシㇼパちゃんは綺麗な子だし心配になる気持ちもわかる。でも、肝心のアシㇼパちゃんは杉元くん一筋という印象を感じるから、そんなに気にしなくていいんじゃないかな。心の中で思いつつも、あくまで〝知人の相談〟というていを保ちたい杉元くんの気持ちを尊重して言葉を選ぶ。
「そんなのは歳の差恋愛じゃなくたって、常に恋愛で付き纏う不安だと思うな。恋人だとしても四六時中一緒にいる訳じゃない、いつパートナーの前に自分より素敵な相手が現れて、心変わりをされてしまうかもしれない……でも、そんなのばかり気にしてたら誰とも何も始まらないよ。大事なのは、それでもいつまでもパートナーに好かれる自分であり続けるよう自分も相手も大事にする事だと思うけどな」
 ここまで言っておいて、独身の貴女にそんな事説かれましてもなんて思われていないか少し不安になる。今更ながら少し恥ずかしくなって、徐々に運ばれてきた料理たちを口に運ぶ。杉元くんの反応をちらりと見ると、ジョッキを握り締めたまま少し視線を下に落として何かを考え込んでいた。話を聞く感じ、杉元くんもアシㇼパちゃんへの好意は恋愛として向けられ始めているのだろうか。上手くいくといいななんて考えながら、会話が止んでいる内に空っぽであったお腹を満たしていく。
 しばらく考え込んでいた杉元くんが、グイッと一気にビールを飲み干して口を開いた。
「……あのっ、正直先輩から見て、俺ってどんな男ですか!?」
「ん? んー、そうだなあ」
 もはや知人の話という前提を取っ払おうとしているのだろうか。一気飲みしたビールのせいか若干目が据わった状態で問い掛けてくる杉元くんに、彼への印象を考えて述べていく。
「真面目で誠実な子だなって思うよ。仕事に対しての姿勢もいい。たまに血の気が多いのかなってヒヤヒヤする事もあるけど、基本的には穏和だし優しいよね。あと、顔に大きな傷があって最初はびっくりするけど、それを差し引いてもイケメンだなと思うくらいには顔が整っている、とも思う。モテるんだろうなって感じ?」
 だから自信持ちな、と思いながら思い浮かぶ彼への賛辞を素直に伝えていく。これで若い歳の差カップルが誕生しちゃったら仕事中の癒しになるなあ、でもそうなるとアシㇼパちゃんが健気に店に通う頻度は少なくなったりするのだろうか、それはそれで寂しいなあ……料理を口に運びながらそんな事を考えていると、目の前の杉元くんは見る見る内に真っ赤になっていった。
 
「あの、先輩」
「うん?」
「その……今まで聞いてもらった話、全部知人の話なんかじゃなくて俺の話で」
「あ、うん。やっぱり?」
「うっ……察しのいい先輩は、もうわかっちゃってるかも、知れないんですけど……!」
 うんうん、アシㇼパちゃんの事だよね。ちゃーんと察してるよ。そんな事を思いながら枝豆を片手に杉元くんの次の言葉を待つ。
「俺、先輩の事が好きですっ」
「へーそっかそうな、ん……んん!?」
「その、俺なんか先輩から見たらガキんちょだろうし、頼りないかもしれないけど……この間先輩が恋人と別れたって聞いて! 俺にもチャンス貰えないかと思って! よかったら俺との事、考えてくれませんか!?」
 立ち上がりそうな勢いで杉元くんは机に手を置き、前のめりになって私にそう言い放つ。口の中に放り込もうとしていた枝豆の中身は動揺した私によってあらぬ方向に飛んでいき、杉元くんの顔の横へと向かっていく。わ! と杉元くんがそれを目で追うのを見ながら、そう言えば私と彼も干支一周分離れているのだという事を思い出していたのだった。
 
 その後のらりくらりと彼の発言をかわしていた私に、先輩歳の差は気にしないって言ったじゃないですか! と何度も彼に迫られるようになったのは、それはまた別のお話だ。

金カ夢一本勝負「歳の差」と言うお題に書いた作品です。
アンジャッシュする二人を書きたかった。
初出・2022/10/30