君が夢で笑うから

 今日は朝からもやもやした一日だった。それでも、なるべく顔には出さないように努力して接客をこなしてきたつもりだ。やっとの事で得られた休憩に、ため息をつきながらスタッフルームの扉を開ける。
「あ、ナマエさんお疲れー今から休憩?」
「杉元くん。お疲れ様」
 先客として座っていたのは同い年の杉元くんだ。彼はもう昼食を食べたようで、机の上には空のお皿が置いてある。
「杉元くんの方が先に休憩だったんだね」
「うん、俺今日上がり時間少し早いから。ナマエさん、今日は弁当じゃないんだね珍しい」
「ん? んー今日はちょっとね」
 フルタイムのアルバイトとして雇われているこのファミレスでは、勤務日にはメニューが半額価格で食べられるようになっている。普段はそれすらも節約と思って弁当を作ってくるのだが、今朝はそんな気分にもなれなかったのだ。
「……朝から思ってたけど、もしかしてナマエさん今日体調悪かったりする?」
「え? なんで?」
「体調というか、調子? なんだろう、なんか雰囲気がいつもと違うっていうか」
「えーうそ、そんな風に出てる? やだなぁ、表には出さないよう気をつけてたのに」
「あ、いやいや。なんとなくレベルだから。違ったらごめん……でも、そうでもなさそう、なのかな?」
「……うーん」
 まさかこんな風に勘付かれて指摘されるとは思ってもみず、若干の恥ずかしさと居た堪れなさを感じる。なんと説明するべきかと悩みながら、私はフォークを手にして目の前に置いた和風パスタをくるくると巻き取った。
「言いたくないなら、無理には聞かないけど」
「や、そういう訳じゃないんだけどさ……うーん、笑わないで聞いてくれる?」
「もちろん。どうしたの?」
 優しく笑いかけてくれる杉元くんに甘えて、私はパスタを少し口に含んだ後、それを飲み込んでから口を開いた。私のもやもやの原因について。
 
「今朝、変な夢を見たの」
「変な夢?」
「変っていうか……元彼の夢」
「……もとかれ」
「うん。って言っても、かなり前に付き合ってた人でね。あーこんな人もいたわそういえばみたいな人で」
「……うん」
「その人とね、今の姿ですっごく仲良さそうにしてる夢見て、なんかすごくもやもやしちゃって」
「……まだ未練がある、とか?」
「全然! むしろ逆。別れた原因浮気された上に暴言吐かれてとかで、最悪だったし。未練なんてこれっっっっぽっちもないのに、今更夢に見るとかなんで? って感じでもやもやしてるの。幸せそうな夢だったから余計に」
「深層心理では彼を思ってるとか、は?」
「ないない。だって忘れてたくらいだし。あー、そういえば昨日片付けようと思って学生時代のもの触ったから、それで何か脳内に引っかかって夢で見たのかなぁ」
 くるくると回し続けたフォークの下では行き場を持て余したパスタ達が踊っている。このままじゃ冷めちゃうなとある程度話したところで私は慌ててパスタを口に運んだ。もぐもぐと咀嚼していると、目の前の杉元くんはなんとも言えない顔をして考え込んでいる。
「あー、ごめん。こんな話されてもって感じだよね。気にしないで」
「ううん、俺から聞いたんだし」
「いやでも、人の見た夢の話なんてつまらないでしょ。しかも元彼がー、とか」
 話しておいてなんだけど、こんな話されても困るよなぁと今更ながら反省をする。くそう、全ては夢に現れたあの男のせいだと昨日まで存在を忘れかけていた元彼に責任転嫁をした。
「夢に出てきた人ってさ、急に意識しちゃうってこと、ない?」
「ん?」
「あ、いや。ほら、仲は良かったけどそんなに意識しなかった子が夢に出てきたら意識しちゃう、みたいな」
「あー、ちょっとわかるかも。実際それでクラスメイト好きになっちゃったって子昔友達でいたなぁ」
「……そういう感じで、元彼のこと思い出して懐かしくなって意識して……とか」
「いやーないな。うん。ない。今どこで何してるかも知らないし興味もない!」
「そっか」
 強く言い過ぎても逆に変かな、とも思うけどそれくらい私の中でない話だったので否定をし続ける。何故だかそんな私を見て杉元くんは安心したように笑った。
 
 話しながらだから少し時間がかかりつつも、どちらかと言えば早食いの方の私はあっという間にパスタの皿の底が見え始める。休憩が終わるまではまだ時間があるし、食べ終わったらスマホで漫画でも読んであんな男の事を考えるのはやめてしまおう。そんな風に思っていた私に、杉元くんは急に真面目な顔をして口を開く。
「俺も、変な話していい?」
「ん、なになに?」
「さっきの夢の話。見たらその人の事意識しちゃう、みたいな」
「うん」
「実は俺も、最近そういう夢を見てさ。元々仲良くてちょっと気になってはいた子が、夢に出てきてすごく意識しちゃって」
「えっ、そうなの。それでそれで?」
 目の前のイケメンが突然恋バナを始め、フォークを置いてつい前のめりになってしまう。杉元くんは、少しソワソワとした後私の目をまっすぐと見つめて言った。
「その子が今、元彼の話とかし始めて、正直どうしたらいいかわからなくなってるところなんだ」
「へー、それ……は、んん?」
「……はは。何言ってんだろうね、俺」
 ポスっとユニフォームの帽子を被って杉元くんは顔を隠した後「あ、俺そろそろ休憩終わるから」とスタッフルームから去っていった。
 残された私は、まだ空になっていないお皿にフォークを滑らせながら、休憩時間を目一杯使って残りわずかのパスタを食べた。漫画なんて読まなくっても、頭の中から元彼の事なんてすっかり消え去って、照れて笑った杉元くんの顔でいっぱいになったのなんて、言うまでもない。
「いや、この後どうやってフロアに出たらいいのよぅ……」
 私の呟きが一人きりのスタッフルームに小さく響き渡った。

このお話の前半かなり自分のエピソード入れてしまいました。
モヤモヤした気持ちを晴らしたくて杉元に聞いてもらいました(?)
初出・2022/12/23