君とふたりの秘密基地

 きっと、本当は入ってはいけない。私の秘密基地はそんな場所だった。かつては誰かが住んでいたけれど、今は誰も住んでいない。だからと言って私の親族のものでもない、そんな空き家。立ち入り禁止の札は立てられていたけれど、あんまりにも古臭くて不気味で、誰も近づきはしないその場所は私にとっては絶好の隠れ場だった。
 正確には、私たちには。
 
「何だおめ  お前またここにいたのか」
「基ちゃん」
「こんげな暗いところでよう平気だな」
「慣れたら意外と平気なんだよ」
「そうか」
 近所では悪ガキと揶揄される基ちゃんは、よくこの場所に来ていた。私が見つけたのが先か基ちゃんが見つけたのが先か。そんな事を言い合っていたけれど、その内どうでもよくなって、お互いそっとここに身を隠して話をしたり互いに好きな事をしたりしていた。
 私の家庭は、あまりいい家庭とは言えなかった。物心ついた頃から父はなく、祖母と母とで暮らしていた。その祖母も昨年亡くなってからは母と二人暮らしだ。女手一つで育てるためにと母は働いてくれたが、次第に家に男を連れ込むようになった。何とも居場所をなくした私は、ここを見つけて身を隠している。
 基ちゃんの家庭も、あまり健全な家庭ではないらしい。お互い詳しくは話さなかったが、似たものを嗅ぎ取ったのだろう。何も言わずに受け入れあった。
 
「なあ、基ちゃん」
「ん?」
「どうやったら大人になれんだろうな」
「そらあ、歳取ればだろ」
「そうじゃなくってさ」
「なんだ、なんかあったのか」
「ううん、ただ早う大人になりたくなっただけ」
 母は大好きだし、感謝はしていた。だけど、どうにも男を連れ込むのは好きではなかったし、その男が私を時折いやらしい目で見るのが気持ち悪くてたまらなかった。早く大人になって家を出てしまいたかった。
「大人かぁ」
「大人になったら男女のこととかももっと理解出来んだろうか」
「何だそりゃ」
「……ねえ基ちゃんは、キスしたことある?」
「はぁっ⁉︎」
 いつも怒ったような顔をしてる基ちゃんが、いつも以上に眉を吊り上げて顔を真っ赤にした。
「な、何をいきなり」
「何となく。キスしたら、少しは大人に近付けるんかなって」
「そんな事で……」
「なあ基ちゃん、キスしてみない?」
「……はっ」
 より一層顔を赤くした基ちゃんは、口を開いたまま動かなくなった。その顔を見てようやく、自分がとんでもない事を言っていることに気付く。
「は、ははは、なんてね」
「おめなあ」
「……はは」
「おめが言うたんだぞ」
「へっ」
 そう言われたかと思えば、肩をぐいっと強く掴まれ何かが唇に触れた。ああ、男の子の唇って、私のものよりも随分とカサついて固いんだなと、重なるそれに対して思った。
 
「……どうだ、なんか大人に近づけたか」
「ううん、ちっとも」
「だろうな」
 そう言いながらそっぽを向く基ちゃんにもう一度触れたくなって、そっと基ちゃんの服の裾を摘んだ。今度は無言のまま見つめあって、そしてもう一度キスをした。お互い身を潜めた隠れ家で、大人になりたくて大人に隠れてキスをした。
「おめの唇は柔らかいな」
「基ちゃんのはなんか固い」
「そうか?」
「うん」
 照れくさくなってそんな事を言って笑い合って、だけどそれでおしまいだった。その先にも興味がある年頃ではあったが、そこにいくまでにはお互い幼すぎたんだとも思う。
「私、キスしたの初めて」
「俺もだ」
「初めてが基ちゃんでよかった」
「……そうか」
「……そろそろ帰る。またね」
「俺も、帰る」
 
 空を見上げれば雲行きは怪しく、雨が降り出しそうな天気だった。私も基ちゃんも、まだ帰りたくはなかったけれど、お互いに家へと向かって歩き出した。大人に近付けた気はちっともしないけれど、これが初めてのキスでよかったなと思いながら、ゆっくりと家へと向かっていった。

アドベントSS2022の12/17分の没案。
あの時のSSはハッピー話ばかりにしたかったので、これはちょっと暗めかな?と没にしました。
お話としては気に入ってます。
ちなみにこの二人のその後のお話(ほんのり不穏・成人向け)がこちらにあります。
初出・2022/12/17