初めて過ごすお正月

 ガチャリと鍵の開く音がして、玄関へと駆け寄る。年末だと言うのに出勤をしていた基さんに、「おかえりなさい、お疲れ様」と声を掛けた。
「大変だったね、大晦日まで」
「まあ、慣れてるからな」
「慣れてることに、お疲れ様……」
「……いい匂いがするな。何か作っているのか?」
「ああ、今ブリを炊いてたの。明日のお雑煮に入れようかと……あっ」
 エプロンを外しながら基さんの顔を見て、しまったと思った。
 
 家族となった基さんと、過ごす初めての年末年始。
 ついうっかり自分の作り慣れたお雑煮を作ろうとしていたけれど、基さんの出身地のお雑煮は全く違うものだったかもしれない。
 
「ごめんなさい、つい実家で食べ慣れたものを作ろうとしてたけど、佐渡はきっと違うよね? どんなのだっけ?」
「……さあ、どうだったかな」
 スーツを脱いで部屋着へと着替えながら、基さんは曖昧な表情を浮かべた。それを見て、再びしまったと口を閉じる。
 故郷の話をしたがらない基さん。ご両親とは今も疎遠だと一度だけちらりと聞いていた。それ以上は基さんも語りたがらないから深くは聞いていなかったけれど、多分きっと、あまり恵まれた幼少期ではないのだろうと言うことが稀に溢れる会話からは伺えた。
 思わず無言になってしまった私に、基さんが口を開く。
 
「そっちの雑煮は、どんなやつなんだ?」
「あ、ええと。うちの地方というよりもしかしたら我が家独特なのかもしれないけど……」
 炊いていたブリを一切れ取り出し、味見を基さんにお願いする。
「こういうブリの煮付けと、あとはかつお菜っていう……高菜の一種かな? 野菜とかまぼこ、それから丸いお餅。お汁はすまし汁のような感じ」
「ふんふん……美味しいな、これ。このままご飯と食べたいくらいだ」
「ふふふ、たくさん炊いてるから食べる? あ、でも今夜はお蕎麦の予定だけど」
「そうか、年越しそばか」
「ちなみにブリはお蕎麦に入れても美味しいよ」
「じゃあそれにしようかな」
 何か手伝うことはないかと腕を捲りながら台所に立とうとする基さんに、仕事納めてきたばかりで疲れてるだろうから休んでてと背中を押した。
「休みとは言え、お前は今日一日家の大掃除だのなんだのをやってくれてただろう。二人の家なのに俺が何もしない訳には……」
「そう言うと思って、ひとつだけ取ってあるの」
「そうなのか?」
「ふふ、まずはお風呂にのーんびり浸かって、その後でお風呂を綺麗にしてくれる? 私はもうさっきシャワーを浴びたから」
「そうか、任せておけ」
 
 お風呂の大好きな基さん。だから浴室はいつも綺麗にしてくれていて、本当は改めて大掃除なんてしなくてもいい程だけど、きっと基さんは俺にもなにかと言うだろうからと敢えて残しておいたのだ。
「もう少しお料理の支度してるね」
 そう言って浴室へ送り出してから、私はスマートフォンで調べ物をした。あるページを見ながら、ちょうど家にあるもので材料が揃うとわかり急いで準備をする。基さんの長いお風呂が終わる頃に間に合いますようにと思いながら。
 
 
 しばらく経ってお風呂から出てきた基さんは、なんとも不思議そうな顔をして再び台所へと現れた。
「なんだ、なんか甘い匂いがする」
「あ、おかえり基さん」
「さっきのブリとは違う、なんの匂いだ?」
「ふふ、これだよ」
 小豆を甘く煮た鍋を基さんの前へと持って行くと、基さんはより不思議そうな顔になる。
「あんこ?」
「うん。調べたら、佐渡の方はお雑煮というよりぜんざいみたいなのを食べるって書いてたから。ちょうどお餅買う時に、ぜんざいも美味しそうだなーってゆであずき買っておいてよかった」
「……わざわざ調べてくれたのか」
「ふふ、なんか気になっちゃって」
 スプーンで一口掬って基さんの口へ運べば、それをパクリと食べた後に基さんは笑った。ほんの少しだけ眉を下げて、何かを思い出したように、ちょっとだけ切なそうに、笑った。
「そういえば、随分昔に食べたような気がする」
「そうなの?」
「ああ。でもあれが正月だったのかは記憶に自信ないが」
 昔のことはあまり語りたがらない基さんに、私もそれ以上は触れない。そっかそっか、と言いながらもう一度台所に立ち、今度はお蕎麦の用意をする。
 
「基さん、あのさ」
「ん?」
「調べたら、お雑煮って本当に色々な種類があるのね。今住んでるこの辺だと、また違う感じみたい」
「そうなのか」
「うん。だからさ、お正月の間出来る範囲で色んなお雑煮作ってみようと思って」
「雑煮を?」
 基さんは眉を顰め、なんでだと問う。
「お雑煮って、地域だけじゃなくてその家独特のものがあると思って、だったら私たちだけのお気に入りのお雑煮を探すのも楽しいかなって」
「なるほど?」
「それで、将来もし子どもなんか出来たら、我が家お雑煮はどことどこのいいとこどりなのよー、なんて言って食べさせたりして。どうかな?」
「……お前らしいな」
 優しい笑みを浮かべながら、いいんじゃないかと基さんは言った。
「でも、餅ばかり食べて太っても知らないぞ」
「ぐ……運動もしっかりします」
「そうだな」
 ほんのちょっぴり意地悪く笑う基さんに私は口を尖らせた。お蕎麦を丼へと移して先ほどのブリを乗せ、ネギを散らしてテーブルへと運ぶ。
 
「お正月、楽しみだな」
「もうあと数時間後だぞ」
「基さんと家族になって、初めてのお正月だもん」
「……そうか」
 手を合わせいただきますをしてそんな事を言えば、基さんは幸せそうに笑った。この笑顔を、来年もたくさん見られますようにと願いながら私はお蕎麦を啜るのだった。

金カ夢一本勝負「お正月」というお題で書きました。
お正月というより、お正月準備してる大晦日のお話です。
ちなみに作者の地方(というより我が家)でのお雑煮をそのまま書いてます。
初出・2023/01/01