優しい涙の誘い方-月島の場合-
「この時間の電車に乗って帰るね」
そう時刻表のスクショと共にメッセージを送ると、「わかった」とだけ返事が来た。電車を乗り継いで二時間と少し。あっちを出る時にはまだオレンジと深い青のグラデーションだった空はすっかり暗くなってしまっている。綺麗な星空を眺めながら、久しぶりの実家は懐かしいのに不自然なほど人が多くて居心地が悪かったなと考えていた。
ぼんやりとしていると、最寄駅に到着すると言うアナウンスが耳に入り、慌てて席を立った。ガラガラガラと使い慣れないキャリーケースを引っ張りながら電車を降りて改札を潜る。中に仕舞い込んだ真っ黒のワンピースを明日にでもクリーニングに出しに行こうかと考えていると、聞き慣れた声が私を呼び止めた。
「ほら、荷物を貸せ」
「基さん。何でいるの」
「何でとは随分だな。荷物が多いだろうから迎えに来た」
「そんな、よかったのに」
「いいから貸せ」
半ば奪い取るように基さんは私のキャリーケースを掴み歩き出す。
「ちゃんとお別れは出来たか」
「うん、まあ」
「⋯⋯そうか」
それだけのやり取りをして、あとは無言のまま家へと足を進めた。徒歩十分の我が家は、無言のままで向かうには少し長い気がした。整備の行き届いていない道路で、時々ガタガタと音を出すキャリーケースの音だけが夜道に響く。
「ただいま」
「おかえり」
「ふふ、一緒に帰ってきたのに」
「でもお前が帰ってきたのは二日ぶりだろう」
「それもそうか」
基さんはエアコンで暖房をかけたまま出てきてくれたようで、部屋の中はほんのりと暖かい。寒空の下歩いてきた身にはありがたい暖気だ。コートを脱いだ後雑巾を持って玄関に戻りキャリーの車輪を拭く。綺麗になったのを確認して洗面所へと向かい雑巾を絞って手を洗い部屋へ向かうと、大きな毛布を羽織るように持ち、両手を広げた基さんが私を待ち構えていた。
「基さん? どうしたの、寒い?」
「いや、俺には少し暑いくらいだ」
「じゃあ何で」
「⋯⋯お前、どうせ向こうでも泣くのを我慢してきたんだろう」
「え……」
「ほら、この中に入れば俺からも見えない。誰にも見えないだろう」
そう言って基さんはその大きな腕で私をすっぽりと覆った。暖かいのは、毛布のおかげか彼の体温のおかげかはわからない。もしかしたら彼の優しさによるものなのだろうか。どれのおかげだろうと、私の胸を温め涙を促すには、十分すぎるものであった。
「⋯…う、っ⋯⋯ふ⋯⋯く」
彼はそのまま私の頭を優しく撫でる。昔から人前では上手く泣けない私の事をよくわかっている基さんは、そうやって心ゆくまで泣かせてくれた。ああ、きっと明日には酷い顔になっているだろう。クリーニング屋に行くのは、また今度にしよう。止まらない涙の大洪水に、そんな事をぼんやりと考えていた。