四月一日の恋心

 鞄の中に入れた小さな袋ががさりと揺れる。中身が砕けてしまわないように慎重に包んだけれど、それでも形が崩れていないか不安になって、時折手を突っ込んで外から触ってみては大丈夫そうかを確かめていた。
 慣れていないのに張り切って作った色々な形のクッキーは、多分この恋心と同じくらいに脆い。
 昨年度の合格者実績をデカデカと掲げる個別指導塾の前にたどり着いて、私は一つ深呼吸をした。学生のアルバイトだというのに土曜日は朝早くからここにいる月島先生の顔を思い浮かべながら、大きく塾の名前を書いた自動扉を開かせ中へと入った。
「月島先生。おはようございます」
「おう、ミョウジ。どうした、今日はやけに早いな」
「えへへ、ちょっと」
「やる気があっていいことだ。今年は受験生だからな」
 大学で教員になる勉強をする傍ら、塾講師をしている彼はそう言って笑った。私の胸がちくりと痛む。
「先生、よかったらこれあげる」
「ん? なんだ」
「クッキー。友達と作ったんだけど余っちゃって」
「いいのか? 俺がもらって」
「確か先生、今日誕生日だったなーと思って」
「お、よく覚えてたな」
「記憶力いいんだ、私」
「そういうことはもう少し英単語覚えてから言ってほしいもんだけどなぁ」
 少し低めの鼻に皺を寄せながら笑った彼は、そう茶化しながらもありがとうと受け取ってくれた。周りに誰もいないことを確認して、私は「先生のことが好きだから、覚えてたんだよ」と言った。心臓が飛び出してしまいそうなのを、必死で宥めていた。
「え、ん……?」
「……なぁーんてね、びっくりした? エイプリルフールだよーん」
 目を丸くした月島先生の顔を見て、私はにかっと笑ってそう伝えた。彼の誕生日が、四月一日でよかったと心から思う。
「あぁ……まったく、大人を揶揄うんじゃない」
「ちぇっ、そんな大して歳変わらないくせに」
「成人と未成年というだけで大きな違いだ。それよりこれ、今食べていいか。朝飯を食べ損ねてきたんだ」
「うん。どうぞどうぞ」
 目の前で彼は私が試行錯誤した包み紙をあっさりと解き、その一つをパクりと口へ頬張った。あんなに頑張って作ったのに、いくつかはポロポロとひび割れ崩れている。まるっきり脈がなさげな彼の挙動に、私の恋心も同じように小さなひびが入っていくのを感じる。
「ごめん、いくつか割れてるね」
「でも、味はうまいぞ。ありがとうな」
「うん。……そろそろ、教室行こうかな」
 このままここにいたら涙がこぼれ落ちそうで、私は笑顔を貼り付けたまま鞄を握りしめた。一歩二歩と歩き始めた私に、月島先生は声をかける。
「なあ、ミョウジ」
「ん?」
「来年も、またクッキー焼いてくれるか」
「え?」
「来年なら、もう高校生じゃないだろ? その時も、俺の誕生日を覚えてくれてたら、ちゃんと考える」
 パチクリと目を開き、彼を見つめる。ちゃんと考えるって、それって。
「なんてな、エイプリルフール、だろ?」
 最後の一つ、ハートマークのクッキーを指で摘んで私に見せ、先生はそう言って笑った。彼の誕生日が四月一日でよかったともう一度思いながら、だけど来年こそは制服を脱ぎ捨てた私で、エイプリルフールではない告白をしに行こうと、真っ赤な顔でうなづいた。

2023年の月島誕生日に書きました。少し遅刻しましたが。
月島先生には夢がある。
初出・2023/04/03