週末ふたりのおやくそく
我が家には、決まり事がある。
予定はきちんとリビングの共有カレンダーに書き込むこと。週に二回のゴミ出しは火曜日が私で金曜日は彼が担当すること。家事の分担はするけれど、互いの繁忙期は考慮すること。どんなに遅くなる日でも帰宅前の連絡は欠かさないこと。
それから、特別な用事がない限り、週末は二人で顔を合わせてご飯を食べること。
月島さんと一緒に暮らすようになったのは、三ヶ月ほど前のことだった。お付き合いを始めてから半年を過ぎた頃、結婚を視野に入れて同棲をという話になったのだ。
元々取引先の相手だった月島さんと私の会社は繁忙期が少しズレる形で同時期に訪れる。大抵私が先に繁忙期を迎え落ち着いた頃に今度は月島さんが……という流れになる。その期間は、どうしても朝だろうと夜だろうと顔を合わせる時間が少なくなってしまう。
だからこそ、お互いの体を労る意味でもいくつかの決め事をしたのだ。
”どんなに忙しくても、週に一度は休息日を。その日には二人の時間を”
それが私たちの間での約束だ。
キッチンへ立ちエプロンをつけて、冷蔵庫で吸水させていたお米を炊飯器へと移す。丁寧に研いで水を吸ったお米がふっくらと炊き上がるようにとスイッチを押した。
ご飯の美味しい炊き方を教えてくれたのは、母ではなくて月島さんだった。今までも自炊をしていたけれど、同じお米でも炊飯器と炊き方でこんなに違うのかと、初めて彼の家でご飯を食べた時に驚いたものだった。それを伝えた時「ナマエの家から送ってくれた米が美味いだけだ」と照れたように見せた笑顔を時々思い出しては今でも胸が暖かくなる。
平日はつい手軽にトーストで済ましてしまうけれど、週末は決まってあの笑顔を思い出しながらお米を炊いてしまう。
冷蔵庫の野菜室を覗き込んで、なすとキャベツを取りだした。食べやすくカットし、鍋にごま油を引いてを少しだけ炒めて、まだ冷蔵庫に残っていただし汁を全て鍋へと注いだ。油を染み込んだなすとつやつやと輝いたキャベツがぐるぐると鍋の中で踊っている。少しだけ火を弱め、冷蔵庫へ再び向かう。
今日は和食で攻めようかと冷凍庫からシャケを取り出したが、ふと冷蔵庫に賞味期限が迫っているハムが残っていたことを思い出してそっと戻す。キャベツと混ぜてサラダにしてもよかったが先ほど味噌汁に使ってしまった。仕方なく卵焼きを作るつもりだったのを変更してハムエッグを作ることにした。
丸いハムを二枚重ねて十字に包丁を入れ、油を薄く引いたフライパンに並べる。少しだけハムをずらした上に卵を落として焼くと、卵が流れにくくて食べやすいんですよとどこかで見た知識のままに話した私に「確かにな」と嬉しそうに頬張ったいつかの月島さんを思い出す。ほんの少し唇に卵の黄身をつけていて、可愛かったんだよな。
じゅうぅ……と油の上で卵の白身が跳ねているのを見守っていると、月島さんの部屋の扉が開いた。
「ん……悪い、寝過ぎた」
「おはよう。昨日も遅くまでお疲れ様。少しはゆっくり眠れた?」
「うん、まあ……うまそうな匂いで気持ちよく目覚められた」
まだ目をしぱしぱとさせながら月島さんはキッチンを覗き込んだ。昨夜寝る前よりも少しよくなっている顔色に安心して笑みが溢れる。
「ふふ、もう少しで出来るから顔洗っておいでよ」
「ん……ああそうだ、昨日会社でもらった佃煮の詰め合わせ、冷蔵庫に入れてるから食べるか」
「あ、なんか見覚えのない箱があるなと思ってた。頂いたの? 得意先の方?」
「いや、出張土産だそうだ。どれも飯に合うらしい」
なるほど、きっと鯉登さんだろう。以前にも同じように個人的に出張土産を貰ったと聞いていたから、一瞬月島さんを狙う女性からかとモヤモヤとした事がある。蓋を開けてみれば年下の上司と仕事関係で懐かれて懇意にしてもらっているという男性からで、私も何度かうちの職場に月島さんと鯉登さんが訪問してきた際に遭遇した事がある。
冷蔵庫から早速佃煮の詰め合わせを取り出す。中に鮭ほぐしが入っているのを見つけ、すっかり先ほど鮭を焼こうとしていた気持ちから手を伸ばしてしまった。山椒で味付けたちりめんやのりの佃煮も気になったけれど、そっと箱から取り出してそのまま冷蔵庫へとしまい直した。
小皿に乗せて、焼き上がったハムエッグと昨日の残りのにんじんしりしりを皿に添える。火を止めていた鍋に再び弱火を入れ、味噌を溶かして小さく切った豆腐をそっと入れる。温まったのを確認して火をまた止めると、月島さんが「何か手伝うことはあるか」とキッチンに戻ってきた。タイミングよく炊飯器が炊き上がったのを知らせる。
「それじゃあ、ご飯お願いします」
「よし、任せろ」
半袖を着ているくせに腕まくりをするそぶりをした月島さんが、しゃもじを片手に炊飯器を開けてご飯をかき混ぜた。最近の炊飯器は蒸らし時間まで含めているから、炊き上がったらすぐにほぐすのが美味しいご飯を炊くコツだと豪語していたのも月島さんだ。本当に白いご飯が大好きなんだからと笑いながら、私は味噌汁を椀に注ぎテーブルへと運んだ。
配膳を済ませ二人で席について、手を合わせる。いただきますと声を揃えて箸を手に取って、今日は天気がいいから洗濯日和だねなんて話をしてご飯を口へと運ぶ。
なんてことのない風景。だけど、とびきり大好きな時間。明日からまたどんなに忙しい日々が過ぎたとしても、この週末の約束の時間があると思えば、私は頑張って過ごせるのだ。同じように、月島さんも感じてくれていればいいけれどと思いながら、口いっぱいにご飯を頬張る彼のことを眺めていた。
月島さんとはご飯を食べに行くお話を書きがちです。
初出・2023/10/14