齧り付いて、甘く溶かして
湿気と生ぬるい空気が立ち込める中、そのままエアコンの効いた部屋へと戻りたいのをグッと我慢してスキンケアをして髪へとドライヤーを充てた。せっかく流した汗が、頭上からの熱風でまたじわりと滲んでくる。
カチリとドライヤーの電源を切ったのと、ガチャリと玄関が開く音がしたのはほとんど同時だった。最後の仕上げにヘアオイルを塗って髪を梳かしている間に、微かに脱衣所の外の音が聞こえてくる。疲れた月島さんの足取り、それから冷蔵庫を開けてガサゴソとして……あ、コップに麦茶を入れて飲んでるのかな。帰宅後すぐ作った麦茶は、冷蔵庫に移して一時間ほどだからまだ冷えてないかもしれない。そんな事を考えながら脱衣所を出る。
「おかえり。ご飯食べた?」
「ただいま。コンビニのおにぎりは食った」
「お疲れ様。まだお腹空いてるなら、一応ご飯あるよ」
彼が残業になった日はご飯を食べてくる時もあればそうでない時もある。どの道私は平日の夜はそんなに凝ったものを作らないから、もし食べてもらえなかったとしても明日の分の作り置きだと思っていつも通り作って冷蔵庫に入れておくようにしている。
「ありがとう……あー、でもとりあえず先に風呂入る」
「はーい」
月島さんは、とにかく汗をなんとかしたいと言った様子でワイシャツのボタンを外しながら浴室へと向かっていった。私もコップを取り出して冷蔵庫の麦茶を注ぐ。まだほんのりとぬるいそれに氷を入れようと冷凍庫を開けると、買った覚えのないアイスクリームが入っているのが見えて首を傾げた。私の好きなカップに入ったバニラアイスと、棒付きのソーダ味の氷菓。そういえばさっき袋が擦れるようなガサゴソとした音が聞こえていた。もしかして月島さんが買ってきたのかなと思いながらも、とりあえず氷をコップへと移して冷凍庫を閉めた。
しばらく待つと、スッキリした様子の月島さんが出てきた。最初はあんなにドギマギしていたのに、上半身裸に短パン姿という月島さんにもすっかり慣れてしまった。
「さっぱりした?」
「あぁ。飯……の前に、アイス食べてもいいか」
「あ、やっぱり月島さんが買ってきたんだ」
「帰る直前にな。ナマエも食べるだろ?」
「いいの? やったー」
冷凍庫からそれぞれ取り出して、ソファに並んで座った。まだスプーンが通らない固いアイスのカップを少し握って柔らかくしている内に、月島さんは棒付きのアイスキャンディーを取り出してガシガシと齧っていた。もう三つも歯形がついたそれを、カップを握ったまま眺めていると彼がそれを差し出した。
「食べたいのか?」
「え? いや違うよ。確かに美味しそうだけど」
「食べてもいいぞ」
「うーん、食べたいけど食べれないから」
そろそろどうかなとスプーンを落とすけれど、まだ通過するのは許されなかった。もう一度握り直していると月島さんは不思議そうに眉を寄せてこちらを見ていた。
「あれ、言ったことなかったっけ。私知覚過敏なの。だから、そういう齧り付くタイプのアイス、歯が痛くて食べれなくって」
「そうだったのか」
「だからほら、私いつもアイスはカップのやつでしょ」
スプーンでコツコツとアイスを叩くと、彼は合点がいったようにアイスを見つめた。
「バニラが好きだからじゃなかったのか」
「それもあるけどね。ソーダ味のも好きだよ。でもカップでってなかなかないんだよね〜」
ようやく柔らかくなってきたアイスにスプーンを差し込むけど、私の口にバニラアイスは運ばれてこなかった。ぐいっと顎を引き寄せられ、口の中にソーダ味が広がった。
「あ、悪い。口移し、嫌だったか」
小さな氷菓が、口の中でじわじわと溶けていく。喋りたいけれど、噛もうとすると痛みが走るから、舌で転がしながら私は首を振った。ようやくアイスが溶けきって、ゆっくり口を開く。
「……嫌じゃない、ちょっとびっくりしただけで」
「これなら、あまり歯に当たらず食べれるかと思って」
「うん。ありがと。でも先に一言言ってよ、びっくりしちゃうから」
「すまん」
下心じゃなく純粋にそう思って行動したのだろう。途端に照れたような顔をした月島さんがおかしくて愛おしい。それを誤魔化すように残りのアイスに急いで齧り付こうとする月島さんの腕をちょんちょんとつついて「もう一口ちょうだい」とねだった。
爽やかなソーダ味が、バニラよりも甘く私の口の中に広がっていった。
金カ夢一本勝負お題「齧る」を月島さんで。
ちなみに私も知覚過敏で齧り付くタイプのアイスはあまり食べれません。