ただいま元気充電中

 疲れた。眠い。でもご飯食べなきゃ。お風呂も。ああどっちから先のがいいかな。とりあえずメイクは落として、その流れでお風呂に入って、気力があればご飯かな。いやでもまずは何か胃に入れて元気をつけたところでお風呂かな。いやだめだ、今はとにかく横になりたい。
 残業続きの疲労から思考がまとまらないまま帰路へ着く。早く家へ入りたいのに、バッグの中のキーケースが見当たらない。一旦ゆっくり見ようとしゃがみ込んでバッグを開いたところで、コートのポケットからかちゃりと音がする。ああそうだった、すぐに取り出せるようにってさっき定期券をしまった後ポケットに移していたんだっけ。ようやく鍵を開けてドアを開けると、リビングには電気が付いていた。それから、ほのかに鼻に届くいい匂い。炊き立てのご飯の匂いだ。
「ただ、いま……あれぇ?」
「おかえり。遅かったな」
「月島さん、なんでぇ? 今日来るって言ってたっけ? ごめん」
 重い足を踏ん張ってリビングまで運ぶと、月島さんがソファに座っていた。私の家に置いている黒いスウェットを着がえてテレビを見ている彼に首を傾げていると「一応さっきメッセージは入れていた」と答えてくれた。
 そういえばさっき何か通知が来ていた気がする。ちょうど電車を降りるところで、後から確認しようと思ってそのまま忘れて帰ってきてしまった。
「最近また残業続きって言ってたろ。前みたいに倒れたらいけないからな」
「えー大丈夫だよ。あの時はほら、ちょうど風邪も流行ってた時期に忙しかったから」
「今だってそうだろ、ここ数日急に気温が下がってる」
「うぅ、そうだけど〜」
 昨年の同じ頃、確かに彼の言う通り家で倒れたことがある。翌日に会う約束をしていて連絡をすると言っていたのにいつまで経っても連絡がつかないからと心配した彼が家に訪ねてきて、介抱されたのだ。まだ付き合ってすぐだった為こんなボロボロの姿を、と思ったけれど構わず世話を焼いてくれたこの人に改めて惚れ直した出来事だ。
「俺は仕事がちょうど落ち着いて、明日は有休消化することにしたんだ」
「えぇ、でも私は仕事だよ」
「わかってる。夜泊まって、明日朝ナマエを送り出したら俺も家に帰って休む」
「せっかくなら私も休みたい〜」
 月島さんと一緒にどこか出かけたい。そう言って彼の座るソファに横たわる。肘置きに足を置いて、硬い彼の太ももを枕にして。
「次の休みは、どこか行こうな」
「行く〜! どこ行こうかなぁ〜、ん〜……」
 月島さんと行きたいところ。色々考えているのに瞼が重くなってくる。疲れと、安心する彼の匂いのせいだ。
「こら、そうやって寝ようとするな。飯食え、風呂入れ」
「んん〜元気ない〜」
「せめて化粧落とせ。なんだっけ、クレンなんとかシート持ってきてやる」
「月島さん落としてくれるの〜」
「ゴシゴシ擦っていいならな」
「やだ〜」
 まるで駄々っ子みたいな私をあやすように立ち上がろうとする月島さんの足を離すまいとしがみつく。こら、と頭上から優しく怒る声がする。
「元気充電したらちゃんとお風呂入るから」
「充電?」
「うん。だから十秒……いや三十秒ほどぎゅーっとさせてください」
 怠い体を起こしながら手を広げてそうねだると、彼は仕方ないなと呆れたように笑いながら両手を広げて受け入れてくれた。首元から、月島さんの匂いがする。いい匂いと思わず漏らすと、「先に風呂に入ったからな」なんて言う。違うんだよなあ、お風呂入ってなくても月島さんからする匂いはいい匂いなのに。背中をポンポンと規則的に優しく叩く手が不意に止まる。「ほら三十秒経ったぞ」もう、さては背中でカウントきっちり取ってたな。
「もう後三十秒」
「風呂から上がってきたらな」
「ケチ〜」
「それとも一緒に風呂入れてやろうか?」
「それは、なんかもっと疲れることになりそうだからダメ」
「わかったらさっさと行ってこい」
 ほら、と抱きしめられた体を剥がされ肩を掴まれたままお風呂場へ連行される。少し前に月島さんも入ったのであろうお風呂は、まだ温もりを保っている。
「おにぎりと味噌汁くらいなら食べられるか」
「大丈夫。作ってくれたの?」
「ああ。風呂で寝るなよ」
「はーい」
 まるでお母さんのような月島さんにそう返事をして、私はようやく服を脱ぎ久しぶりにのんびりと湯船に浸かった。ここ数日で溜まりに溜まった疲れが、じんわりと溶けて消えていった。

初出・2024/12/08
金カ夢一本勝負「お疲れ!」に合わせて。
定期的に月島さんに甘やかされたくなります。