優しい涙の誘い方-尾形の場合-

 夕方から夜に駆けていく空の色が私は一等好きだ。オレンジ色が沈み紫とも紺とも感じる色たちが少しずつ世界を支配していく。この時間は、何だか寂しさを感じながらも愛おしくなる。そんな話をした時に「面白いことを言うねぇ」と笑った祖母の笑顔を思い出して、また一つ息を吐く。白くなった吐息はいく当てもなくすぐに消えてしまった。
 感傷に浸りながら歩いていれば、駅から家まではあっという間だった。二日ぶりの我が家の扉を開け、「ただいま」と小さく口に出せば「思ったより早かったな」と百之助が顔を覗かせた。
「あれ、もう帰ってたんだ」
「今日はリモートに切り替えた」
「そうだったの? 邪魔になる?」
「いや、もう切り上げたから気にするな」
 いつもの仕事仕様とは違って少しだけオフモードに感じるのは、固めずに下ろされた髪のせいだろう。ここ数年ではきっと私しか知ることのないであろう姿に何だかホッとして顔が綻んだ。
「どうだった、久しぶりの実家は」
「うん。まあ。何年ぶりかに会う親戚ばっかりで気疲れしちゃった」
「そうか」と呟いた彼はひょいと私が持っていた荷物を奪って部屋へと運んでくれた。
 手を洗って部屋着へと着替え、荷解きをして真っ黒なワンピースを部屋の隅に置いたハンガーラックにかける。近いうちに百之助がクリーニングに出す予定のスーツと一緒にこれも持って行こうと考えていると、「なあ」と百之助から声を掛けられた。
「ん? 何?」
「お前、明日も休みだろ」
「うん、そうだけど」
「映画でも見ないか」
「映画? いいけど、何か見たいのがあるの?」
「いくつかピックアップしてるからあとはお前が選べ」
 そう言ったかと思えば、百之助は冷蔵庫を開けて冷凍のピザを取り出した。
「え、今から?」
「腹、減ってないか」
「そう言われたら空いてるけど」
「じゃあいいだろ」
 オーブンでピザを温めながら、今度は冷蔵庫からコーラとビールを取り出して私にどちらがいいかを選ばせた。お酒を飲む気分じゃなくてコーラを選べば、百之助もそちらを飲むようでビールをしまった。
 ピザが出来上がるまでの時間にテレビをつけてサブスクリプションの配信サービスを起動させる。百之助がピックアップしたというウォッチリストの中身を見て、ようやく彼の意図を察知した私は、それだけで胸が苦しくなって鼻の奥がつんとなった。
 何だか居ても立ってもいられなくなって、キッチンであれこれとを用意している彼の背中に飛び付いて小さく「ありがとう」と呟くと、お腹に回した私の腕を彼はそっと撫でて「さあ、何のことだかな」と素知らぬ声で返した。
 ぎゅうぅと強く抱きついた後で手を離し、洗面所に向かってバスタオルを手に取りリビングのソファへと舞い戻る。そうして私は、ピザの出来上がるいい匂いを感じながら、彼がピックアップしてくれた「私の大好きな泣ける映画たち」を眺めた。泣くのが下手な私の上手な泣かせ方を、彼はいつの間に覚えたんだろうなと、違う意味で泣きそうになりながら。

大変私事ですが、この時期身内を亡くしまして辛い気持ちを少しでも紛らすために書いたSSです。
ちなみに月島編もあります。
初出・2023/02/04